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たらのフィギュアスケート日記大好きなフィギュアスケートについて語っています。
男子シングルに偏る傾向あり。 たまに海外記事も翻訳してご紹介します。 |
一昨日の1月7日の朝、アメリカでは1月6日、ジョシュアから約11か月ぶりのつぶやきがありました。
Josh's Eye and Brain Therapy Fund https://t.co/CBH41QyaS3
— Joshua Farris (@joshDfarris) 2018年1月6日
この日はジョシュアの23回目の誕生日でした。おそらく勇気をふりしぼってつぶやいてくれたのは、彼の治療費を募るファンドレイジングへのリンクだけでした。
Josh's Eye and Brain Therapy Fund
「ジョシュの目と脳の治療のための基金」
およそ2年半前、ジョシュア・ファリスは4回転ジャンプの練習中に脳震盪を起こしました。ジョシュは今年のオリンピック出場を目指していたフィギュアスケーターでした。その練習の日は、彼の人生を永遠に変えてしまいました。
何度も検査を受けながら、4か月間を暗闇の中で過ごしたジョシュは、ラスベカスにあるクリーブランド脳クリニックを訪れ、 第6脳神経損傷との診断を受けました。そこからさらに18か月間の治療期間を経て、医師たちはジョシュにスケートに戻ってよいとの判断を出しました。ところが、ことはうまくいきませんでした。再び医師のもとを訪れたとき、彼の右目に損傷があることが明らかになったのです。この右目の障害を補おうとして、第6と第7頸椎の間の椎間板ヘルニアも引き起こしていました。
ジョシュは右半身と右目を使うために脳を再トレーニングする必要があり、このために目と脳の特別な治療を受けなくてはなりません。この検査と治療には4300ドルの費用がかかります。ジョシュは脳の損傷のため1日に2時間以上働くことができない上、この治療には保険が適用されません。
ジョシュがこの必要不可欠な治療を受けられるよう、どうか今日、手助けしてくださることをご考慮ください。
医学の知識はまったくありませんが、できるだけ正確に訳したつもりです。
脳震盪によりいったん現役引退をアナウンスした後、医師のゴーサインが出て、復帰にむけて練習を再開したのが昨年暮れから今年初め。2月にはアレン・コーチが「彼が初めてクワドを跳んだよ!」とインスタをアップしてくれました。今年の春ごろにはチャリティショーで以前と変わらぬスケートと笑顔を見せてくれていました。
ところが、突然ショーの欠場が決まり、そこから長い長い沈黙が始まりした。エントリーしていたNHK杯も、どこからもアナウンスされることなく、ただエントリー表から名前が消えてしまいました。たまに仲間のスケーターが上げてくれていた彼の写真や動画も、ほとんど上がらなくなってしまいました。
その間に……こんなことになっていたのですね。右目の損傷の程度はわかりませんが、補おうとしてヘルニアを発症するほどですから、軽いものではないのかもしれません。さらに、右目だけでなく右半身にも機能低下の恐れがある模様…。
そして、五輪シーズンもいよいよ大詰め、オリンピアンを決める全米選手権が盛り上がりを見せる中、彼は自分の治療費を求めるファンドレイジングを23歳の誕生日に公表したのです。
最初のほうの一文、
「ジョシュは今年のオリンピック出場を目指していたフィギュアスケーターでした」
Josh was a figure skater with his sight set on this year's Olympic Games.
過去形、ですね……。
現役復帰が発表されたときには、本当に本当にうれしかった。それでも全米の地区予選程度かなと思っていたら、なんとNHK杯にエントリーしてくれた。
NHK杯は、彼がブレークする直前の2014年大阪大会(羽生くんがケガから必死の思いで復帰し、ダイスくんが初優勝に輝いたときですね)に出場した試合です。SP「Give Me Love」、フリー「シンドラーのリスト」とも、ミス連発のボロボロの演技で最下位。悲しそうな顔で客席にお辞儀をしてくれたのが、私が最初で最後に生で目にしたジョシュアの姿でした。翌年のNHK杯にもエントリーしてくれて、さあリベンジ!と思ったら脳震盪で引退。そんなNHK杯に再々度エントリーしてくれたんです。
大好きな「Give Me Love」と、披露されることなくお蔵入りしていた新フリー「ローマの松」がとうとう見られる! クワドも取り戻したなら全米の本選にもきっと出られるはず。四大陸か、もしかしてワールドか、ひょっとして五輪だってありえる⁉…って、そんな夢を見られるようになったのが本当にうれしかったんです。
いったん完治したと告げられ、復帰を目指して再スタートした後に再び奈落の底に突き落とされた苦しみは到底他人には想像できません。きっと地獄だったと思います。
それでも、こうやってファンドレイジングを発表してくれたということは、少しでも前向きな気持ちになれたんだと信じたいです。
ジョシュアのスケートがまた見たいとずっと思ってきました。今もその気持ちはかわらないけれど、今はそれよりも彼が健康を取り戻して、幸せな人生を送ってくれることを切に祈っています。「待っているよ」という言葉を投げかけるのも残酷すぎるような気がして…。
募金は目標額の5000ドルを大きく超えて、今現在11400ドル以上にのぼっていますね。治療にはこれからも時間とお金がかかると思うから、私もこれからも、超微力だけれど、締め切られていないうちは募金を続けていきたいと思っています。
ジョシュアの治療が成功しますように祈りをこめて――。
★以前訳しました現役のころ、「引退」、そして「復帰」と復帰後の記事へのリンクを貼っておきます。よろしければ読んでいただけたらとてもうれしいです。
ジョシュア・ファリス「今を生きる」ロングインタビュー @ FSO 2015.03.04
ジョシュア・ファリス、引退。 icenetworkインタビュー 2016.07.02
ジョシュア・ファリス、現役復帰。icenetworkインタビュー 2017.02.09
ジョシュア・ファリス、新プロ発表&Figure Skating Onlineインタビュー 2017.06.07
JUGEMテーマ:フィギュアスケート
昨日記事を上げましたが、3日前に自身の治療費のためのファンドレイジングを公表したばかりのジョシュアが、なんとメディアに出てきてくれました。
たまに仲間のスケーターのSNSにチラ映りするのを見かける(それも最近はほとんどなくなっていた…)以外、動いているジョシュアを見るのは何か月ぶりでしょうか。
それも……笑顔です! 右目も右半身もちゃんと動いてる! 神様ありがとう!!!!(号泣)
あのファンドレイジングには瞬く間に目標額の2倍を超える募金が集まっていますが、その余剰金で、なんと自分と同じ症状で苦しむ人たちを手助けする基金を設立するんだそうです。
まだ自分自身が後遺症で苦しんでいて、治療費をかせぐこともままならない状態なのに、いったいなんという人なんでしょう――(号泣)
ジョシュアはコロラド州コロラド・スプリングスに暮らしていますが、この地域の地方テレビ局KRDO.comのニュースです(下の画像をクリックすると動画つきの元ページに飛べます)
ジョシュアのお母さまも登場して、これまでと現在の様子を少しだけ語ってくれています。
Local figure skater brings awareness to traumatic brain injury
Local figure skater brings awareness to traumatic brain injury
「地元のフィギュアスケーター、外傷性脳損傷のことを知ってほしい」
コロラド・スプリングスに住む元フィギュアスケーターが、脳震盪に3度見舞われた経験から、外傷性脳損傷(TBI)のことを知ってほしいと訴えています。彼は「KRDO NewsChannel 13」のシンシア・マルドナド記者の取材に、自身の経験を語ってくれました。
ジョシュ・ファリスは世界を舞台に活躍する選手でした。けれども、脳震盪の深刻さへの理解が足りなかったせいで、大舞台に挑戦するチャンスを失ってしまったのだと、彼は打ち明けました。今彼は、ケガの後遺症で苦しむほかのアスリートたちの手助けになれれば、と願っています。
ジョシュは16年をかけてフィギュアスケートを習得しました。
「演技がスタートする前に自分の名前がコールされるときには、ものすごく緊張してお腹の中でチョウチョが飛ぶんですよ(緊張をあらわす決まり文句)。で、”よし、緊張はしてるけど、自分にはできる”って思うんです」
ところが、技を磨こうと励んでいたとき、今年開催されるオリンピックに挑戦するチャンスを失ってしまったのです。
「4回転ジャンプの練習をしていたときでした。空中から降りてきて、足とは全然違うところで降りてしまいました。ひじから氷にモロに落ちてしまい、首がガクンとうしろにはねたんです」
それが最初の脳震盪をひきおこしました。
けれどもその後、自分で認めるように、彼はリンクに戻るのが早すぎたのです。もう大丈夫だと思い、「続く2週間のうちに、さらに2回の脳震盪をやってしまった」のです。
「第6と第7頸椎のヘルニアになり、目も損傷しました」
彼は今、外傷性脳損傷の症状に苦しんでいます。
「眠れない、鬱、不安、複視(ものが二重に見える視覚異常)、過剰刺激(感覚器官に強い刺激を受けて損傷や異常反応が出ること)、自我の喪失…すべて脳の損傷のせいなんです」
母親のエリン・ファリスは息子の苦しむ姿を目の当たりにしてきました。
「息子は本当にどん底まで落ち込みました。あまりにも鬱がひどく、生きようという意欲をもてない時期もあったんです」
「脳震盪は静かに広がる病気なんです。多くの人がひそかに苦しんでいます」
もともとは彼の治療費を募るためにゴーファンドミーのアカウントが立ち上げられたが、ジョシュは今、その余剰金を使って地域に貢献したいと考えています。
「ジョシュの名前を使って、TBIや脳震盪の被害者のための基金を設立しようとしています」(エリンさん)
ジョシュとエリンさんは、この基金が彼と同じ症状に苦しむ人がそれを乗り越える手助けになればと願っている。
ジョシュの基金にクリックで募金をお願いします。
自分の演技を見て笑ってる……(´;ω;`)
映像は、銀メダルに輝いた2015年ソウル四大陸のSP「Give Me Love」。このシーズン一気に飛躍をとげ、ここから平昌五輪めざして羽ばたいていこうという矢先だったのですよね、脳震盪は……。
右目の状態が心配だったけれど、以前と変わらぬきれいな目をしてますね。
「元フィギュアスケーター」という紹介に、やっぱりな、という思いですけど、それでも少し安心しました。
でも、今もさまざまな後遺症が出ているんですね。医師に完治したと言われたときには症状は消えていたんでしょうから、その後予想外に再発したのか、新たなに怪我をしてしまったのかはわかりません。
やっと決断した現役復帰への扉が、再び閉ざされてしまったショック――生きる意欲を失ってしまったほどの(涙)――も関係しているのかもしれません。その辺のことは他人にはわかりませんが、本当に本当につらかっただろうなと思います。そばについていらしたお母さまも。
ファンドレイジングは「ジョシュアの基金」としてこれからも存続するんですね。私もお小遣い程度ですが、今後もぼちぼち寄付を続けていこうかなと思っています。
ジョシュアの善意が届きますように。そして彼の治療がうまくいって、大学にしろ、振付師にしろ、あるいはまったく違う道であるにしろ、彼の願いがかないますように!
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遅ればせーー><ですが、やっとまとまった時間がとれたので……
ジュンファンくん、平昌オリンピック出場決定おめでとう!!!!!
2011年、9歳で出演した「キムヨナのキス&クライ」(芸能人がペアを組んでスケート演技を競うバラエティ)では、落選して我慢していた涙があふれ、泣きじゃくったチャ・ジュンファンくん。
東方神起のユノ氏に「なんで泣く? おまえは世界にはばたくんだぞ。おまえは永遠のライバルだ。 俺の心のなかで永遠のライバルだよ」と慰められたあの日から7年。
テレビ界から姿を消し、スケーターとして鍛錬を積み重ねて、その言葉どおり世界にはばたく日がやってきました。
五輪選抜の最終戦となった韓国ナショナルでは、奇跡みたいな大逆転劇で五輪チケットをつかんだジュンファン。今季ここまでの過程をちょっとまとめておきたいと思います。
(10月以降まったく記事をアップできていなかったので…
韓国の五輪選考は7月、12月、そして今回のナショナルという3回の選抜戦の合計得点で争われました。
7月の1次選抜。
実力どおりなら圧倒的に首位に立つだろうと思われていました。ところが、昨シーズンからの股関節のケガを悪化させてしまい、さらにスケート靴がなかなか合わず(ナショナルでは今季13足目の靴がようやく合ったそうです泣)右足首に炎症まで。結果、イ・ジュンヒョンくん、キム・ジンソくんに続く3位。
ネーベルホルン杯にはこの1次選抜の優勝者が出場。韓国男子の五輪1枠は、ジュンヒョンくんのがんばりでようやく確保されました。
ケガが癒えるひまもなく10月のスケカナ。
SPを「What a Wonderful World」から「ジプシーダンス」にかえてシニアGPSデビューにのぞみましたが、オーサーコーチが緊急手術で帯同できなかった影響もあったでしょうか? 回転不足をとられまくり、PCSも世界ジュニアのときよりかなり低く、結果は9位。
(このとき、SPでワールドのミニマムが取れなかったんですよね。もしもSPのクワドがDGではなくURだったら取れていた可能性大。スケカナめ…)
続くスケアメは、選抜戦の第2戦の日程が近かったため、やむなく欠場。
(スケアメの判定はかなりゆるかったので、ここならミニマムを取れていたかもしれません…くどいようですがスケカナめ
しかし、12月の2次選抜でもジュンヒョンくんに次ぐ2位。(ジンソくんは怪我のため2戦目で不調に終わり、事実上レースから脱落してしまいます)
この時点で2戦の合計点はジュンヒョンくんが459.12、ジュンファンは431.58。その差27.54点。
実力ではジュンファンのほうが上とはいえ、ケガが完治しておらず、ここまで好調のジュンヒョンくんを最終戦で抜くのはかなりむずかしいと思われました。
このあたりから、ジュンファン一辺倒だった韓国メディアも、ようやくジュンヒョンくんを五輪候補としてとりあげるようになります。
そして、3次選抜を兼ねた1月の韓国ナショナル。
オーサーが動きました。フリーを「惑星」からジュニア時代に滑り慣れていた、かつ高PCSをもらっていた「イル・ポスティーノ」に変え、クワドをSPから抜き、フリーでは4Tをやめて4S1本に絞りました。そして、少し早めに韓国入りし、非公式練習からじっくりジュンファンに付き添っていました。
練習リンクでのフリー練習の様子です。なんとオーサーが氷上に立って、スピンやステップに至るまでつきっきりで指導しながら曲かけをしています。
力の入れ方がすごい…と同時に、これ、周囲の選手にプレッシャーをかける狙いもあったのかなという気もします。なんたってオーサーがリンクにいるんですもん、圧迫感半端ないですよ。もちろんリンクにはジュンヒョンくんもいます…。
SPでは、クワドを抜いた作戦が功を奏してノーミス、韓国男子最高点となる84.05。一方のジュンヒョンくんは76.80。この時点で27.54あった点差は20.29まで縮まりました。
でも、ジュンヒョンくんは前大会まで好調をキープしていたし、よほど何か起こらないとひっくり返せる点差ではないですよね。ところが、その「何か」が起こったのです。