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シブタニズのクリントン晩餐会体験記@icenetwork
もうだいぶ前になってしまいましたが、5月1日、アイスダンスのシブタニ兄妹が、ヒラリー・クリントン国務大臣主催の晩餐会に出席!というできごとがありました。
アメリカ初訪問となる日本の野田首相を歓迎してのもので、会場はワシントンDC市内のナショナル・ジオグラフィック協会。ここに、日米にゆかりの深いゲストのひと組として招かれたんですね。
このときの体験記を、アレックスとマイア本人が5月8日付のicenetworkにつづっていました。

元記事はこちら→Shibs rub elbows with dignitaries at D.C. dinner
(このときの写真がこちらにアップされています。→photo gallary

これが、かーなーりー長いんですが、とってもすばらしいんです!
しかし…特にアレックスの絶妙なユーモアと言いますか、微妙なニュアンスが、私の未熟な訳ではなかなか伝わらないかもしれませんが、どうかお許しくださいっ(違いをわかりやすくするために、アレックスは「である調」、マイアは「ですます調」にしています。)では、どぞ〜!

 
「シブタニズ、ワシントンDCの晩餐会で要人と同席」

「スタートレック」などに出演した日系人俳優ジョージ・タケイ氏と。これがマイアとアダム・リッポンが選んだというネクタイなんですね、アレックス。

5月1日、マイア・シブタニとアレックス・シブタニは、国務長官ヒラリー・クリントンの招きで、日本の野田佳彦首相の初の米国公式訪問を記念して行われたワシントンDCでの晩餐会に出席した。

【招待】

アレックス:もしふつうの状況であったとしても、4月25日水曜日はかなりすばらしい日になるはずだった。僕は家族とディナーをとるため、ミシガン州アナーバーの中心街に向かっていた。僕の21回目の誕生日を祝うことになっていたからだ。誕生会のハイライトは、飲酒年齢に達した初のビールを、祖母と分け合って飲む場面になるはずだった。

レストランに着くと、マイアがにっこりして言った。「メールをチェックしてみてよ!」メッセージを見始めたとたん、僕は目を見開いた。国務長官ヒラリー・クリントンが、日本の野田首相を国賓とする晩餐会に僕らを招待するというのだ。その後の約5秒間、僕らの発する言葉は"Wow!"という一語だけだった

スケートは僕らに、世界中を旅するわくわくするような機会をたくさん与えてくれる。今まで、ダンスや音楽、ほかのスポーツやメディアといった、スケートと縁のある世界のすばらしい人々と、出会ったり一緒に仕事をしたりすることができた。それが今度は、外交官や実業界のリーダー、幅広い分野の学者たちと触れ合うという、自分たちの経験領域をまったく新しい方向へ広げられるチャンスをもらったのだ。これは信じられないほどエキサイティングなことだった。祖母がビールを半分こして乾杯してくれているとき、僕は思っていた。これは史上もっともクールなバースデーサプライズに違いないと!

【準備】

アレックス:僕らは即座に招待を受け入れた。電話で手短に打ち合わせしたあと、旅程が作られた。招待状によると、ドレスコードは「ビジネス・アタイヤ」(注:スーツ、ジャケットなどの上着にネクタイ、女性はスーツやワンピースなどのきちんとした服装のことらしいです)。マイヤに手伝ってもらい、ふさわしいネクタイを探して自分のクローゼットを見てみたが、どれも今回の場合には適当ではないような気がした。
晩餐会の前の週末、僕らはアダム・リッポンと一緒に、デンバーで開催されるShowtime on Iceにゲストスケーターとして出演することになっていた。そこで、マイヤがアダムに協力を求め、ショーの合間に3人で近くのショッピングモールに出かけることにした。たどりついたのはデパート「ノードストロム」の紳士服売り場。そこで僕は、自分のネクタイ選びの知識のなさを堂々とひけらかしてしまうことになった。これこそぴったりと思うタイを手にとるたびに、マイアとアダムは大きなため息をついて首をふるだけだった。とうとう僕はあきらめてしまい、マイアとアダムが1本のタイを選んでくれた。

マイア:日曜の夜、デンバーでの最後のショーが終わると、アレックスと私は飛行機でミシガンに戻り、午前2時近くにようやく家に帰りつきました。デンバーでのアダムとの共演はとても楽しいものでした。(私たちのツイートを見てね!)2、3時間後には起きて、また空港に逆戻りすることになることを知りつつ、とりあえず就寝。肉体的には疲れ切っていたけれど、晩餐会がとても楽しみだったから、私たちは前に進むことができました。

ワシントンDCにはアレックスも私も今まで何度も行ったことがあります。うちのアルバムのあちこちには、私たちが幼いころ、リンカーン・メモリアル近くの川辺でピクニックをしている写真がたくさんあります。お気に入りの季節はいつも春先、桜の花が満開になるころでした。

ワシントンDCの空港に降り立ったあとは、そんなに時間はありませんでした。思い出のリンカーン・メモリアルにちょっと足をのばしてから、デュポン広場近くの大好きなレストランPizzeria Paradisoで簡単なランチ。ホテルにチェックイン後、午後の時間をたっぷり使って、晩餐会での会話で話題になりそうな記事を全部読みこんでいきました。アメリカ外交とアジア太平洋地域に関する見出しをグーグルで検索しながら、まさにその日に起こっている出来事が次々とトップニュースになる様子に、私たちはびっくりしていました。

【到着、レセプション】

マイア:招待状によると、会場に6時に到着するようにとのこと。私たちが着いたのはその10分前でしたが、入口にはもうかなりの人が集まっていました。運転手さんが車をおりて、私の側のドアを開けてくれました。足を踏み出したのは、まさにレッドカーペットの上。私はわくわくしながらも緊張していました。アレックスの腕につかまって建物に入っていきながら、そばに彼がいてくれることを心強く感じていました

すぐにイヤホンをつけた男性にあいさつされ、入口のほうへと迎え入れられました。ハープ奏者の演奏を聴きながら、写真入りの証明書を手に、「チェックイン」の順番を待ちます。私はパスポートカードを提示しましたが、もう内心ではひどく場違いな感じがしていました。クリントン国務長官の晩餐会の身分証明として、高校1年生のときの写真を提示したゲストなんて、間違いなく私だけだったでしょう


レセプションはまず、ナショナルジオグラフィック博物館で展示中のsamurai artを見て回るところから始まりました。展示はすばらしいものでした。現存する最古の武士の写真に、保存状態のよい鎧兜や武器もありました。展示の目玉は、アメリカの歴代大統領に贈られた鎧兜や、グラント大統領が辞任後に日本を訪れた際に贈られた3本の刀などでした。

展示室に入っていくと、給仕スタッフがさっと近づいてきて、飲み物やオードブルを差し出してきました。けれども、よそゆきのドレスを着てつっ立ったまま、ナプキンだけを手に、ごちそうがずらりと並ぶトレイに手をのばすのは、私にはとうてい不可能なミッションだと思われました。そこで、かわりにアレックスをけしかけて、来たものはすべて食べるようすすめてみることにしました

ラム肉のレタス巻きはおいしそうだったけど、すごく大きくで食べにくそうでした。部屋を見回すと、思わず笑ってしまいそうになりました。レタス巻きを食べようとしている人はひと目でわかったからです。まずは「うわっ、服にこぼさないようにしなっくちゃ」とばかりに、頭を前につきだし、お尻を後ろに引きます。次にくるのは、食いしばった歯と、徐々にソースまみれになっていく指の間で、ラム肉が停滞してしまう「つなひき」の時間。やがて、その人は壁のほうを向いて、苦難の時間が終わるまで必死に噛みくだそうとするのです。
アレックスもこの「壁」作戦に挑みましたが、なんとレタス巻きをまるまる1本、口につめこんでしまいました。今にも大笑いして口いっぱいのレタス巻きをふき出さんばかりのその顔を見て、私はすばやく頭を働かせました。私はできるだけ目立たないように、靴のつま先でアレックスをそっとつっつきながら、なんとか口をつぶったまま噛み続けてもらいました。
言うまでもなく、レセプションの間中、私は何も食べようとさえしませんでした

アレックス:レセプションの会場に入っていくと、そこで待っていたのは食べ物だった。オードブルが近づいてくるたびに、マイアは僕に食べてみるようしきりにすすめた。「アレックス、全部食べてみなきゃだめよ、絶対に」と言って。予想外の味だった、何やらパリパリした酸っぱくて赤いものを食べきったあとは、今度は巨大なラム肉巻き。手や服を汚すことなくラム肉巻きを口に入れることができた自分に、僕は非常に満足していた。ほかの人々はみんな壁のほうを向いていて、それは何とも愉快な光景だった。でもマイアは、僕がラムをほおばったまま大笑いしそうになっているのを見て、そんなに嬉しくはなかったらしい。彼女は眉をつりあげて、僕のすねに素早いキックをお見舞いしながら、ひくひく笑うのをやめるよう言うのだった。僕は晩餐会の席にすわるのが待ちきれなかった

【晩餐会】

マイア:30分ほどたったころ、晩餐会が始まりますので中庭にお進みください、というアナウンスがありました。人々が突然同じ方向に急ぎだしたのを見て、私は思わずにっこりしてしまいました。有名な政治家であっても、優れた学者や日米から招かれた芸術家であっても、食事のアナウンスがあったときには誰もが同じことを考えているんだなと思って。
中庭を歩いていく途中、たくさんの儀仗兵が通路の両側に立っている光景に、私は目を見張りました。軍のさまざまな部門から集められた兵隊たちが、ぱりっとプレスされた制服に身をつつみ、気をつけの姿勢をとっています。その訓練された隊列と姿勢は、強さと正確さをかもしだしていました。無表情な目と顔をまっすぐ前に向けて、どこか遠くを見つめているように見えます。彼らのそばを通ったとき、私は思わずちらっと目を上げて、歩いていくゲストたちを盗み見している兵隊がいないかどうか、見てみずにはいられませんでした。

アレックス:ゲストたちは晩餐会のホールの入口に近づいていた。これまでのところ、僕らは知っている人にまだ誰も会っていなかった。自分たちがひどく場違いな気がした。前もって聞いていたところによると、ゲストには米日関係にかかわるワシントンの政治シーンの著名人が名をつらねているらしい。マイアも僕もうなずかざるをえなかった。つまり僕らふたりとも、誰が誰なのかさっぱりわからなかったのだ

マイア:ホールの入口のテーブルの上に、ゲスト全員の名前が書かれた小さな封筒が並べてありました。一瞬パニックになったけれど、アレックスと一緒のテーブルに座れることを知ってほっとひと安心。「3番テーブル」に到着したのは私たちが最初でした。主賓席がよく見えるテーブルでした。席順は、真ん中に金色の国務長官の公式エンブレムがついた美しい座席札に書かれていました。それぞれのお皿のむこうには、メニューと式次第が優美に印刷されたカードが置かれています。

メニューの料理はどれもおいしそうでした。カニとアボカドの前菜、和牛のメインに、「トモダチ」と題されたチョコレートのデザート。料理はどれもアメリカの地元の材料を使いつつ、日本料理のテーマを組み合わせたものでした。メニューを読んでいると、そこへ通りかかったのは有名シェフのブライアン・ヴォルタジオ。なんと今日の晩餐会のシェフをつとめていたのです。私は料理番組が大好きで、彼が「トップ・シェフ」に出ていたときもすごく楽しみに見ていました。彼と彼のスタッフの料理を食べられると知って、私はとてもわくわくしていました。

アレックス:ずいぶん長い間、僕らのテーブルにはマイアと僕しか座っていなかった。それで、ひょっとすると僕らは「子供用テーブル」に割り当てられたんじゃないかと不安になってきた。万が一、給仕人たちが僕のワイングラスと何本も並べられたフォークやナイフを下げて、幼児用のマグカップとプラスチックの先割れスプーンを持ってきたときにそなえて、いろんなさりげない顔の表情を練習しといたほうがいいかもしれないぞ、僕はそんなこと思い始めていた

マイア:やっとテーブルに同席者が来たときには、ほっとしました。新アメリカ安全保障センター上級顧問のパトリック・クローニンさんという方で、人をほっとさせる温かみのある熱心な口調で自己紹介してくれました。会話はすぐに生き生きとした、楽しいものになりました。クローニンさんはどんな話題についても非常によくご存知のようでした。これから訪問されるというアジアのあちこちのお話を、とても興味深く聞くことができました。

やがてほかの同席者もやってくるようになると、こういう世界に通じている人と先に知り合えておいてよかったと思いました。クローニンさんは同席のゲストに私たちを紹介してくれただけでなく、彼に挨拶しに来る数えきれないほどの要人にも紹介してくれました。最初はちょっと圧倒されてしまいました。なぜなら、どこかの事務次官とか、どこかの機関の教授とか所長とか、立派な肩書の人が次から次へと現れるからです。でも、ちょっと落ち着いてさまざまな会話に入っていけるようになると、優れた多くの人々に囲まれていることがスリリングだと思えるようになりました。会話の内容は無限かと思えるほど多岐にわたり、意外にもみな、私たちのスケーターとしての体験談をとても興味をもって聞いてくれたのです。

料理が供される前に、クリントン国務長官と野田首相が演壇に立ち、スピーチをおこないました。まずクリントン長官が話しだしましたが、明快で自信あふれるその声はとても印象的でした。彼女は感情をこめながら、地震と津波の悲劇について話しました。話題はアメリカと日本の歴史的関係に移り、毎年春に花を咲かせるワシントンDCの桜について触れていました。日本からアメリカに3千本の桜の木が贈られてから、今年で100年になるそうです。その誠意のお返しとして、今度はアメリカから3千本のハナミズの木が日本に贈られ、東京で植樹されます、そうクリントン長官は発表しました。これらの美しい木々は、きっと二国の友情と尊敬にふさわしいシンボルになっていくでしょう

アレックス:クリントン長官は次に、野田首相の初のアメリカ訪問を祝うために招待された人々が、何らかの形で二国の絆を強める役割をはたしてきたことについて話した。彼女が重視するのは、この関係を引き続き未来につなげていくこと。それはこんな言葉だった。「両国の若い人たちのために、チャンスを作っていこうと思います。両国に共通した目標は、未来のリーダーとなるべき若い“トモダチ”つまり“友情”の世代を発展させることです」両国の絆と友情の気持ち、とりわけ両国の若者の絆と友情を強めるために、学術、スポーツ、ベンチャービジネスなどの公的・私的プログラムをつくるのだという。

スケーターとして旅する中で、幸いにも日本の試合に出場する機会に恵まれたときには、マイアも僕も、自分たちが日系アメリカ人ということに誇りを感じ、アメリカを代表するアスリート使節としての責任をひしひしと感じている。僕らはスポーツを通じて世界中の人々と出会うことができ、友達を作ったりファンとつながったりしている。クリントン長官のスピーチのテーマは、とても刺激になったし、僕らにとって間違いなく共鳴できるものだった

次に野田首相の話が始まった。冒頭の言葉には謙遜したひかえめなウィットが感じられて、観客席は大いになごんだ。「私は日本の首相、野田です。もっとも安定した首相です。ごく最近ワシントンポストでは、近年でもっとも常識はあるがカリスマ性には欠ける首相、と評されましたが」

スピーチが終わると、乾杯となった。前の週に21歳になったばかりの僕は、嬉々として白ワインのグラスをかかげた。マイアは同じテーブルのゲストに温かく見守られながら、乾杯のたびに水の入ったコップをかかげて、なんとかワインのふりをしたのだった。

【写真撮影】

マイア:デザートが出された後、音楽の演奏があります、というアナウンスがありました。名高い日本人バイオリニストの五嶋みどりさんが、私たちのテーブルからほんの1メートル足らずのところで演奏を始めました。アレックスと私はひと目見たとたん、彼女だとわかりました。子供のころから彼女のレコードを聞いていましたし、11歳からコンサートを開いて音楽界をあっと言わせた話を両親から聞いていたからです。彼女がバイオリンを弾き始めると、ホールは完全に静まりかえりました。おいしそうなデザートが出されていたけれど、私はうっとりしてしまい、手をつけることさえできませんでした。

バイオリニストの五嶋みどりさんと。











演奏後、晩餐会はこれで終わりですというアナウンスによって、みどりさんがかけていた呪文が解かれてしまいました。国務長官と野田首相が退席するまで、ゲストは着席しておくよう指示されました。人々は小声でささやき合っていました。クリントン長官がこの後すぐ、活動家の陳光誠氏をめぐる外交危機に対処するため中国へ飛ぶ予定であることを、だれもがみな知っていたからです。

そんな唐突な晩餐会の終わり方に、アレックスと私はショックを受け、ちょっと不安になっていました。せっかくたくさんのすばらしい人たちと会ったのに、恥ずかしかったのと「慣例」に疎いのとで、写真を1枚も撮っていなかったからです。みんなが立ち上がっておしゃべりを始めたころ、私たちは見覚えのある有名人の顔をいくつか見つけました。シークレットサービスでもアレックスを地面に押し倒すことはないと思うよ、そうクローニンさんに背中を押してもらって、今こそカメラを取り出すべき時なんだと決心しました
テレビの「スタートレック」シリーズに出ていた俳優のジョージ・タケイさんを見つけたアレックスは、興奮ぎみに私の腕をつっつきました。タケイさんはすごくきさくな方で、一緒に写真を撮ることを快く了承してくれました。俳優ではほかに、今放送中の「Hawaii Five-0」に出演しているマシ・オカさんとダニエル・デイ・キムさんにも会いました。世界的な「アジア政策のプロ」である著名なクローニンさんに、こうした俳優と私たちの写真を撮ってもらうというのは、なかなか非現実的な体験でした。ほっとしたのは、五嶋みどりさんがまだ帰られていなかったこと。勇気をふりしぼって写真とサインをお願いすると、彼女はとても親切に、喜んで引き受けてくださいました。

その日いただいたたくさんの名刺で、私のクラッチバッグはぱんぱんになっていました。ホールに人影がなくなると、私はテーブルに戻り、信じられないほど素敵だった夜の記念として、座席札とメニューカードを持って帰ったのでした。

アレックス:建物から外に出るころには、僕らはふたりとも、今夜の体験に感動し、興奮していた。ほんの数時間前には、緊張して、ひどく場違いな気分でここへやってきたのだ。ところが帰るときには、多くの人が温かい別れの言葉をかけてくれ、僕らの幸運を祈ってくれた。その上、(なんと!)よかったら車で送ろうかと言ってくれる方々までいたのだ!

ホテルに戻って、今晩の体験をふりかえってみると、すごく特別な夜だったのだなあと改めて思った。学生やアスリートというふだんの肩書を越え、違う世界に出ていけたことは、自分の小ささを実感し、いろいろなことを考えさせられる、刺激的な体験だった。招待されたことは本当に光栄だった。こんな機会をいただいことをとても感謝している。

将来、僕らが東京を訪れたときには、きっとハナミズキの木を探してみようと思う。

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アレックスは昨シーズンの四大陸選手権のときもブログを書いていて(こちら)、おもしろいと話題になったことがありましたが、文章うまいですねえ。マイアちゃんのほうもとてもしっかりした文章です。
なにより…ふたりの意識が高いこと!ユーモアにあふれていながら、まじめで使命感が強いこと!まだ21歳と17歳なのに、ほんとにすばらしいです!

この晩餐会のニュース、というか野田首相の訪米のニュース自体、残念ながらアメリカではほとんど報道されなかったらしいので、こういう形でシブタニズのような若いアスリートが記事にしてくれると、ちょっとでも伝わるのではないでしょうか。それにしても、野田首相、もちっと感動的なスピーチをすればよかったのにねと思ったことはおいといて。

JUGEMテーマ:フィギュアスケート
カテゴリ:アイスダンス | 10:34 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
晩さん会の様子が垣間見られて面白かったです!
エリゼ宮ではサーヴされるワインにメッセージが込められているそうですが、
大きなラム肉には来賓に対するどんなメッセージが込められていたんでしょう?(笑)

知的でユーモアがあって、素敵なご兄妹ですね♪
| らら | 2012/05/15 9:02 PM |
>ららさん、なるほど、ワインにメッセージとは、さすがフランス!
ラム肉ということは「迷える子羊」!?(なわけないか…)
このラム肉のくだりといい、マイアちゃんもアレックスも知的なユーモアにあふれていて、素敵ですよねー。
才能にあふれていて、ほんとにキラキラしてる!

コメント、どうもありがとうございました。
| たら | 2012/05/16 8:55 AM |
たらさん、はじめまして。

シブタニズは、アメリカ人らしいユーモアのセンスがあって、とても頭の良い兄妹ですね。

たらさんの訳のセンスがまた良いです。
アメリカ文学の短編をよむような感覚で、とても楽しく興味深く、読ませていただきました。

ありがとうございました!
| ハラワニ | 2012/05/27 3:34 PM |
>ハラワニさん、過分なおほめの言葉、どうもありがとうございます!

そうなんですよね、シブタニズのユーモアってすごく知的ですよね。
私の拙訳では半分も伝えられていないと思うのですが、
楽しんでいただけたならとても嬉しいです。

よろしければまたお立ち寄りくださいね!
| たら | 2012/05/28 6:16 AM |
シブタニズ、という写真をソチのつながりで見つけて、「一体何者?』と思った事情知らずのオジンです。素晴らしい日系三世たちがいるんですねえ。晩餐会の様子を一気に読ませる文章力(翻訳の力か?)に感嘆。これからは彼らのこれからの活躍に陰ながら応援します。それにしても、国賓の晩餐会にこのような若いスケーターを招待する度量にも感服。
ブログ、ありがとうございました。
| Noritoshi Peter Kubo | 2014/02/17 1:15 PM |
>Noritoshi Peter Kuboさん、コメントありがとうございます。
記事に目をとめてくださり、ありがとうございました。ふたりとも本当に知的でユーモアがありますよね!彼らを招いたヒラリーさんもすばらしい人だなと思います。
ソチ五輪ではメダルはなりませんでしたが、これからもっと力をつけていくアイスダンス・カップルだと信じています。
このふたり、ShibSibsというYoutubeアカウントでスケーター動画も作っていて、ここでもすごい才能を発揮しているんですよ。
例えばこちら→http://www.youtube.com/watch?v=2ktMe7ukFXU
もしよろしければぜひご覧ください!
| たら | 2014/02/18 11:45 AM |
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