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デニス・テン インタビュー カザフ、音楽、祖先、そして愛…
約1か月前に母国カザフスタンで自分のアイスショー「Denis Ten and Friends」を大成功させたデニスですが、その最新インタビューが北米系のフィギュアブログに掲載されました。聞き手はカナダ人ブロガーのライアン・スティーブンスさん。
新プロなどの情報はありませんが、あまり知られていなかったデニスのいろいろな面が見える、なかなかおもしろいインタビューだと思います。
(中で日韓関係にかかわる少しナーバスな話題が出てきますが、インタビュー全体を読めば彼には偏見や悪意などまったくないことがわかると思います。どうか誤解のありませんように!

元記事はこちら→Interview With Denis Ten



「デニス・テン インタビュー」

ディック・バトンにクリスティ・ヤマグチ、ポール・ワイリー、ナタリア・ベステミアノワ、ヨゼフ・サボフチク、メーガン・デュハメル、エレーナ・ベチケ、ベアトリクス・シューバ、ティム・ウッド…いずれもすばらしい人格の持ち主である五輪メダリストたち。私は幸運にもインタビューを通して彼らと知り合う機会を得てきたが、そんなリストにまた1人、インタビューのチャンスに恵まれた選手の名前を加えることができて、私は本当に光栄だと思っている。
それは現・五輪銅メダリストのデニス・テン。世界選手権銀メダリスト、カザフスタン王者に輝くこと3回、母国ではスケート大使として知られ、魅力的な演技が持ち味の彼は、2014年ソチ五輪でカザフスタンに初めてのメダルをもたらした。このインタビューを読んでいただければ、彼がとても知的で魅力的な人柄であることに、みなさんもきっとびっくりされるだろう。
現在過去未来のスケートのキャリアから、音楽的背景、祖先であるたミン・グンホの話まで、デニスはなんでも気さくに話してくれて、とても楽しいインタビューとなった。きっとみなさんにも気に入っていただけると思う。


Q:五輪と世界選手権でカザフスタン初のメダリストという快挙を成し遂げましたね。あなたにとってそれはどんな意味をもつのでしょう? その結果、母国での生活は大きく変わりましたか?

デニス:ありがとう! もちろんそれは、僕と僕の家族やコーチたち、そしてカザフスタンという国にとって、とても大きな意味をもつことでした。以前はフィギュアスケートというものはカザフに存在していなかったんです。僕がスケートを始めたときの練習場は屋外リンクでしたし、その後ショッピングモール内のリンクで練習するようになって、10歳までそこで滑っていました。今振り返ると、僕がここまで来るまでに長い道のりがあったんだなあと感じます。そして、その間ずっと全力でサポートしてくれた両親に、すごく感謝しています。
2011年にカザフで開催された冬季アジア大会で、僕が金メダルを取ったのをきっかけに、フィギュアは人々に知られるようになっていきました。政府は高い国際基準にマッチしたすばらしいアイスリンクを次々と建設し始め、国民はこの美しいスポーツを見るだけでなく、自分で滑ってみることができるようになったんです。2011年以降、カザフのスケート人口は急激に増えました。あるカザフ最大級のリンクでは、これまで20万人を超える人が一般滑走に訪れたとされています。首都のアスタナだけでも7つのリンクがあって、最近はスケートを習おうという人で混雑しています。子供たちはスケートが大好きなんですよ。ここまで発展した光景を見るのはすごくうれしいですし、多くの若いスケーターに尊敬される選手として、自分が試合でいい結果を出さなくてはならない立場であることを、僕はよく理解しています。これが、カザフで僕が単なるアスリートではなく、フィギュアスケート大使でもある理由なんです。

Q:選手として、あるいは人間として、自分の強みや弱点は何だと思いますか?
 
デニス:難しい質問ですね。今ままで多くの困難があったし、特にここ2年は怪我に苦しみました。そのせいでしっかり練習が積めず、国際大会で不本意な結果になることもあった。ところが、僕はとても重要な大会になると、そのときどんな状態であろうと精神を強くもつことができるんです。いつだってそうでした。音楽学校に通っていた時代も、そして今、スケートでも。それが僕の最大の強みでしょうね。

Q:今後については? 今まで同様、新しいプログラムをつくって全力で前進していくのか、あるいはプロのショースケーターの道を進むんですか?

デニス:昨シーズンが終わった後、次に何をするか決めるまでしばらく時間がかかりました。さっきも言いましたが、ここ2年怪我に苦しんでばかりだったから。特に昨シーズンは悪夢のようでしたよ! 次から次へと怪我が襲ってくるんですから。ソチ五輪のわずか2週間前、かかとの靭帯が完全に損傷してしまって、ほとんど歩くことさえできなかったんです。これには本当に参りました。さらにその2、3週間前にスケート靴が壊れてしまったことは言いましたっけ? 辛抱強く接してくれたキャロルコーチには、本当に頭が下がります!
ソチの後は、ちょっと時間をかけて怪我を癒しながら、競技以外の活動をやっていました。すごく忙しかったですね。ショーに出たり、多数のメディアに対応したり。そして2度目となる自分のショーの準備をして、ぶじ大成功で開催することができました。このショーの後には、カザフ国内で、若いスケーターとコーチのための5日間のセミナーも開きました。こうしたすばらしい活動をやったことで、今後4年間また競技を続けたいという気持ちがわいてきたんです。
ご存知と思いますが、僕の地元のアルマティは2022年冬季五輪の候補地に立候補しているんです。僕は招致委員会の大使になっていて、いつかカザフで五輪が開催されてほしいと、すごく思っているんです。チャンスは十分あると思います。最近、よく人に聞かれるんですよ。「もしカザフが招致に成功したら、2022年まで滑ってくれますか?」って。どうなんでしょうね。今のところ、僕の目標は2018年の平昌五輪です。

Q:あなたは音楽学校に行って、合唱団で活動されていましたよね。2002年に韓国で開かれたWorld Choir Games(合唱オリンピック)では銀メダルを獲得されました。音楽はあなたにとって大切なものでしょうか? ふだんよく聞いている曲は何ですか?
 
デニス:僕の母はプロのバイオリン奏者です。母はカザフ国立音楽学校を卒業して、僕が産まれるまで世界中で演奏していました。だから、子どもの頃からずっと、僕が成長していく中で音楽が大きな位置を占めていたんです。僕も音楽学校に入って、ピアノと合唱を学びました。残念ながら、スケートの練習でモスクワに移ることになったため、5年生までしか通えなかった。昔はソルフェージュ(基礎練習)が大嫌いだったけど、今は恋しいですね。
ソチ五輪の後、しばらく自由に時間が使える時期があって、ちょっとずつ音楽に戻ることにしたんですよ。友達にカザフでよく知られている作曲家のRenat Gaissinという人がいるんですが、ものすごい才能の持ち主なんです! 僕のショーの音楽を作曲してくれたのは彼です。じつはこの夏、僕は自分で作曲した曲をレコーディングしたんですが、それを彼に手つだってもらったんです。ごく個人的な曲だし、今後世に出るような作品ではないと思うけれど、彼は「独創的だね」と言ってくれた。おかげで、いつか音楽学校に戻ろうという自信がちょっぴり強くなりました。

Q:これまでスケート界で最高のコーチ&振付師と組んできましたね。フランク・キャロルにタチアナ・タラソワ、ステファン・ランビエール、ローリー・ニコル。彼らはそれぞれ、あなたのスケートに何を与えてくれ、あなたをアーチストとして成長させてくれたのでしょう?

デニス:たくさんのすばらしいコーチたちに教わることができて、自分は本当に世界で一番幸運なアスリートだと思っています。彼ら全員からさまざまなことを教わりました。僕がスケートに専念するようになったのは、ロシアでエレーナ・ボドレゾワとタチアナ・タラソワの指導を受けたおかげです。すばらしい時間だったし、2人に教わったすべてのことに感謝しています。本当にかけがえのない経験でした。
スケーターとして成長できたのは、フランク・キャロルと、ローリー・ニコル、ステファン・ランビエールのおかげです。フランクは僕が今まで会った中で最も礼儀正しく、頭のいい人です。ローリーはフィギュアの振付の世界の大御所で、そんな彼女ともう4年も連続して組めていることは、とても光栄なことですね。ステファンは僕が尊敬し続けているスケーターです。彼に初めて会ったとき、彼はそれまで出会った中で最も才能に恵まれたスケーターだ、とわかったんです。彼がやることって、彼でなくちゃできないことばかりなんですよ。すべてのトリプルジャンプを逆回転でも跳べたりとかね。想像できますか? 2012年以来、僕のエキシのプログラムはすべてステファンに振付けてもらっています。

Q:競技フィギュアの世界ではぐくんだ友情について聞かせてもらえますか? 今までつき合ったり共演したりした中で、一番すてきなスケーターは誰ですか?

デニス:まずはステファンですね。僕にとって彼はスケーター・振付師であるだけでなく、すばらしい友達でもあるんです。偉大な業績を残したけれど、今も変わらずとても優しく、気さくな人です。2人ですごく楽しい時間を過ごしてきたし、彼との思い出は本当にかけがえのないものですね。カロリーナ・コストナーもとてもすてきな人で、僕のいい友達です。シーズンの間ずっと連絡を取り合って、互いに励まし合っているんですよ。他にも名前をあげたい人はたくさんいるけれど、あなたのサイトのスペースがなくなっちゃうんじゃないかな!

Q:あなたが一番好きなスケーターを3人あげるとしたら? その理由は?

デニス:アレクセイ・ヤグディン…伝説的なスケーターです。今も昔も僕のアイドル。同時にすばらしい友人でもあります。ステファン・ランビエール…さっきも言いましたが、彼はものすごく才能豊かな優れたスケーターだと思っています。真のアーチストなんです! そしてユナ・キム。ただただ好きですね。

Q:無人島に何か3つだけ持っていっていいとしたら、何を持っていきますか?

デニス:スケート靴じゃないことは確かですね。難しい質問だな。太陽光発電機と、ナイフと…友達をひとりかな。

Q:あなたの高祖父(祖父の祖父)は、韓国が日本の支配と戦った時代の独立運動家だったミン・グンホですね。そのことについて話してもらえますか?

デニス:すごいことだと思います。子どもの頃、僕は高祖父のことをよく知りませんでした。もちろん自分の家が韓国系であることは知っていたけれど、2010年まで祖先の話をしたことは一度もなかったんです。
2010年1月、四大陸選手権が韓国の全州市で開かれましたが、その約ひと月前、韓国のテレビ局KBSがミン・グンホとその子孫についてのドキュメンタリーを制作していて、僕にも取材の申し込みが来たんです。そのとき初めて、祖母がミン・グンホのことを話してくれて、僕はすっかり興奮してしまった! 自分の家系に本物の英雄がいたなんて!
四大陸が終わった後、僕は取材班と一緒に原州市にあるミン・グンホの墓を訪れました。それは山の上に広大な敷地が広がる、特別な場所でした。彼の愛国心をたたえて1999年に市によって建てられた記念碑にも行きました。このことがきっかけで世界の歴史、特に朝鮮戦争に興味をもつようになったんです。
以前、ファンの方がミン・グンホについて書かれた記事を韓国語から英語に訳したものを送ってくれたことがあって、僕はアメリカに移ったばかりのころ、よく夜にそれを読んでました。ミン・グンホの軍隊は国で一番の規模と士気を誇っていました。堤川をはじめ韓国全土で戦いました。記念碑にはこう書いてあります。「高潔・公正な人となりで、部下におおいに尊敬された。また強い意志と卓越した指導力をもった指揮官で、人望を集めた」彼は亡くなった後の1962年に、韓国の独立に尽くした功績をみとめられて、市民に与えらる章としては韓国で最も名誉ある「建国勲章」を授けられました。
そんな歴史を学んで僕は初めて、僕の第2の祖国である韓国のために彼がどれほど貢献したのか、彼がいかに偉大で賢く、勇敢だったかを知ったんです。じつは以前、まだ祖先のことを知らなかったころ、出演したショーで「日本」と書かれた鉢巻を渡されて、それを頭に巻いたことがあったんですが、はじめのころは「恥ずかしいことをしてしまった」と思ったこともありました。ミン・グンホの経歴をより深く知るようになり、「もし彼があれを見て、僕にがっかりしてしまったらどうしよう」と思った。はじめのうちはちょっと悩んでいたんです。でもやがて、戦争は終わってものごとは変わったのだから、と思い直しました。それ以来いつも、彼のことを頭に置いて滑っています。彼の子孫にふさわしい、彼が誇りに思ってくれるような人間になろうとしています。

Q:みんなが知らない隠れた一面、というのはありますか?

デニス:ほとんどの人は僕のことをすごく真面目な人だと思っているけど、それは違います。完全に誤りです。

Q:スケートで一番好きなことは何ですか?

デニス:変に聞こえるかもしれないけど、スケートで楽しいと思うことはたったひとつだけ。しかも、僕自身の気持ちとは関係ないことなんです。僕は人々に喜びを与えることが好き。自分がやっていることをみんなが喜んでくれている姿を見ると、自分は何かのために役立っているんだなあ、という気持ちになるんです。僕は愛のために滑っているんです。

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デ、デニスって今何歳でしたっけ?とあわてて確認してみたら、先月誕生日を迎えたばかりの21歳。立派ですね〜!
母国のフィギュアを1人でしょって立ってる、という意味では韓国のキムヨナと似ていますが、デニスはカザフ初の冬季五輪メダリストですからね。ヨナよりもさらにすごいものがあるのかもしれません。
「自分は真面目人間なんかじゃないよ!」という彼ですが、語る言葉は”カザフの皇太子”そのものですね。十代のころから公人としての自分の役割を認識していたのは本当に立派。その土台には「愛のために滑る」(←すごいせりふ!)という意識があったんですね。
日本うんぬんのくだりはちょっとドキッとする方もいるでしょうけど、昔の(確かザ・アイスで?)日の丸の鉢巻を巻いた写真が韓国で問題視されたことがあったようで、もしかしするとそんなことも意識しているのかもしれません。
愛のために滑るカザフの皇太子、今季こそ怪我のないように! そして、はよ新プロ情報を!(屮゚д゚)屮 自分で作曲したという曲も聴いてみたいなあ…

JUGEMテーマ:フィギュアスケート
カテゴリ:アジア(日本以外)男子&女子 | 14:52 | comments(12) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
たらさま。素晴らしいインタビュ―記事ありがとうございます。
テン君に音楽の素養があったなんて全く知りませんでした。
訳して頂かなければ知らないままだったでしょう。
なみはやエキシで見たテン君の加速とジャンプの安定感は秀逸でした。
動きにキレを感じるのは音感に優れているからこそなんですね。
今後は音楽との融合性も楽しんで演技を見ることが出来ます。新プロ楽しみです。
| ふみどう | 2014/07/02 10:56 PM |
テン君は、本当に聡明でしっかりした子ですね!
自国開催のアイスショーでも招待スケーターたちをちゃんともてなして偉いと思いました。
インタビューの内容も、とても好感がもてる賢い答え方をしていて感心です!

ジャンプも安定していて、音感と気品のある彼の演技が今後どんな風に進化するのか興味津々です。
日本男子のいいライバルになりそうで、楽しみですね♪
| mimi | 2014/07/02 11:28 PM |
たらさん こんばんは

長文翻訳ありがとうございます!
デニス・テン選手のことをよく知らないので
翻訳していただけて有難いです

自分の考えをしっかり持っている賢い方ですね
「愛のために滑る」なかなか言えませんよ〜
音楽の力から感性も磨かれているのでしょうね

私は知らない事が多くて
ランビエールさんが「すべてのトリプルジャンプを逆回転でも跳べる」
ということに とてもビックリしました・・!!
ア・・アクセルまで逆回転で跳べるんですか? すごすぎる!

たらさんのおかげでいろいろな事を知ることができ
とても感謝しています いつもありがとうございます
フィギュアスケートが益々好きになりました!
それでは また来ますね
| aki | 2014/07/04 12:41 AM |
ご返事遅くなりまして申し訳ありません!

>ふみどうさん、コメントありがとうございます。
私も音楽学校時代のことをデニスが自分で語っているのを初めて読みました。作曲もできるレベルってかなりのものですよね!彼の音感のよさにも納得です。
新プロはまたローリー振付なのかな?ちょっと違う人でも見てみたいのですが…ともかく楽しみですね!
| たら | 2014/07/04 3:46 PM |
>mimiさん、コメントありがとうございます。
カザフのショーのときにはすばらしいホストっぷりでしたよね。
ショー後には脳腫瘍の男の子との交流(ショーの収益を手術代として寄付したそうです)も明らかになりましたよね。本当に立派です。
http://instagram.com/p/pWgaRcu46L/?modal=true
今季GPSでは町田くんと2戦とも当たりますし、4年後の平昌はいわば第2のホームですから、日本選手にとっては怖い存在になりそうですね。
| たら | 2014/07/04 3:54 PM |
>akiさん、コメントありがとうございます。
あ、そういえば、すべての3回転(all the triplesと言っています)にはアクセルも入るんでしょうか? だとしたら前代未聞なのでは? 練習風景でもいいから見てみたいですね〜。
私も知らないこといっぱいなんですよ。ソチ後、現役選手の顔ぶれもずいぶん変わったので、これから若い選手の記事もどんどん出てくるといいなあと思っています。まずは更新がんばらなくちゃですけど…(^_^;)
| たら | 2014/07/04 4:00 PM |
たらさん
こんばんは。いつも素敵な記事と翻訳ありがとうございます。
デニス・テン選手は、去年の世界選手権からファンになりました。
年以上に、しっとりした大人の魅力。テン選手の手の動きは、素敵な世界に連れていってくれるような、陶酔感があります。観客でなく、一緒に滑っている感じになる選手ははじめてかもしれません&#128522;
それは、音感から来ているのかもしれないですね!そういう事もわかって嬉しいです。
日本男子にとって手強い存在になりそうですが、でもそれも楽しみです。良いスケートを沢山見たいのが一番なのです。
| ikko | 2014/07/04 10:09 PM |
>ikkoさん、コメントありがとうございます。ご返事遅くなりまして申し訳ありません。
2013年ワールドのテンくんはすばらしかったですよね! 会場全体が彼の世界にもっていかれてしまいました。
彼は音感が優れているのはもちろんですけど、例えば高橋選手のような「踊り巧者」という感じではなく動作は控えめなんですが、その中にセンスがきらりと光る感じが絶妙だなあといつも思います。
私も彼のいいスケートが見られるのが楽しみです。今季は町田選手との対決も要注目ですね!
| たら | 2014/07/07 8:12 AM |
日の丸の鉢巻きを被ったことを恥ずかしいと思ってたんだ…残念です。カザフスタン人なのか韓国人なのか、よく分からない。まぁ、日本のこと恥ずかしいと思ってるならカザフというより韓国的考え方を持ってるのかな?高祖父に恥じないように生きたいなら日本と関わりを持つのは辞めた方がいいよ。あと、フェルンナンデスがザヤらなければ銅メダルだったから気を抜かないで頑張った方が良い。
| う〜ん | 2014/08/04 11:55 AM |
>う〜んさん、そういった感想を抱く方がいらっしゃるのもわかります。テンくんも何も知らずに育ったわけだから、祖先と日韓の歴史のことを知ったときは当然さぞ複雑な気持ちを抱いたでしょうね。
ただ、彼が恥ずかしいと思っているのは「日本」ではなく、「無知だった自分自身」だと私は思います。日本とかかわりを持つのをやめるという選択肢は彼にはないと思います。
| たら | 2014/08/04 5:33 PM |
インタビュー翻訳ありがとうございます。テンくんの人柄がよくわかる素敵なインタビューですね。TEBももうすぐ、今年のテンくんのフリーはまた今までにない路線でとてもワクワクしています。完成形がぜひともみたいプロのひとつです。

細かいことですが最後の一文「愛のために滑る」というのはちょっと誤解を招くのではないかと思います。愛のためなら「for love」となりますが、原文では「I do it for the love.」ですから「その愛のため」、つまり「みんなが喜んでくれている姿を見ると何かのために役立ってると感じる、それが好きだから」みたいな感じだと思います。

もちろん愛のために滑る皇太子テンくんなんて絶対絵になるし似会っているので素敵なのですが、ちょっと気になったのでコメントさせていただきました。
| sydney | 2014/11/17 5:20 PM |
>sydneyさん鋭いです!…と感心している場合じゃないですね^^;
はい、実はここは少し拡大解釈して訳してしまいました。本当は「僕はそのために滑っているんです」としたほうが自然でしょうね。でも、その前の愛あふれる言葉、「僕は人々に喜びを与えることが好き。自分がやっていることをみんなが喜んでくれている姿を見ると、自分は何かのために役立っているんだなあ、という気持ちになる」を受ける最後の〆の言葉には、ちょっぴりドラマチックな要素が欲しいかな、と思ったのです。勝手に解釈してしまいすみません…
鋭いご指摘、誠にありがたいです。また何かお気づきのことがありましたらご指摘くださると嬉しいです<(_ _)>
| たら | 2014/11/19 3:09 AM |
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