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アグネス・ザワツキーとその家族が目指した五輪。New York Times記事

珍しく2日続けて更新してしまったので、ちょっとひと休みしようかなと思っていたんですが……あまりにも感動的な記事を読んでしまい、半徹夜で訳してしまいました。ニューヨーク・タイムズ傘下の「International New York Times」のサイトにアップされた、アグネス・ザワツキー選手についての記事です。
全米選手権で11位に沈んだアグネス。選手にはそれぞれドラマがあるんだと思いますが、彼女にこんなバックグラウンドがあったなんて、私は全然知りませんでした。ちょっと長いですが、最後まで読んでいただけたらうれしいです。

元記事はこちら→Struggle to Reach Olympics Is the Family’s, Too  By JULIET MACUR  January 12, 2014


全米選手権で娘の演技を見守るジョランタ・ザワツキー(中央)

「オリンピックをつかむための苦難は家族のものでもある」

日曜日、アメリカの五輪代表が発表され、グレイシー・ゴールドはカメラに向かって微笑んでいた。彼女を見ていると、こういう輝かしい場面の裏には悲痛な影の部分があることを、つい忘れそうになってしまう。

ゴールドはアメリカ・フィギュア界の新女王であり、ソチのヒロインにふさわしい優れた才能の持ち主だ。だが、彼女のような成功物語の裏で、数えきれないほど多くのアスリートが国内選手権でオリンピックの夢に届かずに終わってしまうのだ。

あと一歩で届かない選手もいるだろう。3位になりながら代表の3枠に選ばれなかった長洲未来のように。あるいは、遠く及ばなかった選手もいるだろう。去年と一昨年の全米選手権で銅メダルを獲得し、代表入りを有望視されながら、今年11位に終わったアグネス・ザワツキーのように。

そんな選手たちを見ると、オリンピック選手になるために何が必要なのか、その努力の結果として何を手にできるのか、わかってくるような気がする。例えばザワツキー。彼女の家族は、ほとんど無一文のところから、彼女のオリンピック出場のためにすべてを犠牲にしてきた。

トップ選手だと年間8万ドル以上もの費用がかかるフィギュアスケートの世界で、ザワツキーは異例のバックグラウンドをもつ選手だ。彼女の母親のジョランタは、そのことを痛いほどわかっている。

「私たちはブルーカラーです。王女様などではないの」とジョランタは言う。「ええ、簡単な道のりではなかったですね、私たちにとっては」

ジョランタ・ザワツキーはポーランド系の移民で、ベビーシッターや掃除婦、高齢者の在宅介護などの仕事をしてきたシングルマザーだ。年齢は49歳。アグネスが生まれる直前の、今から19年前にアメリカに移住してきた。アグネスが3歳のときに夫と離婚。生活のため、週7日間働かざるをえなくなった。アグネスは、父親がたずねてきてくれることはあまりなかったと記憶している。ジョランタによると、父親はアグネスが10歳のときに亡くなった。死因はドラッグとアルコールの過剰摂取だという。

そんな環境の中でも、ジョランタは娘にまっとうな生活を送らせようとした。フィギュアスケートの教室に通わせてやることも、そのひとつだった。アグネスは5歳のとき、一般向けの安いフィギュア教室を開いていたシカゴのリンクに通い始めた。そこで、才能を見出された。

ジョランタが1日10時間以上働く間、「スケートママ」の役目を果たすのはアグネスの祖父だった。工場労働者だった祖父は、退職後、車でアグネスの送り迎えをした。孫の食事をつくるのはアグネスの祖母だ。彼らはみな一緒に暮らし、家ではポーランド語で会話していた。

家族に支えられて、アグネスはぐんぐん力を伸ばした。それにつれて出費も増えた。スケート靴は1足600ドル。靴につけるブレードも同じような値段だ。特別あつらえの衣装は1着2000ドルほどもする。さらに移動にかかる交通費に、バレエ教室やコーチへの支払い、リンク使用料。高名な振付師の場合、ショートで6000ドル、フリーで9000ドルもの振付料がかかる。

「そんなお金がどこから来てるのか、私は全然知らなかったの」とアグネスは話す。「魔法なのかな?って」

それは魔法ではなかった。強い意志の力だった。ジョランタは、ポーランドのアウシュビッツに近い山あいの小さな町に住んでいた少女時代、やはりスケーターを夢見ていた。だが、彼女の家は貧しく、スケートを習うため大きな街に通うことなどできなかった。娘にはそんな不自由はさせまいと、ジョランタは自分に誓っていた。

2008年、アグネスとその家族は、シカゴからコロラド・スプリングスに引っ越した。トップコーチであるトム・ザカライセックのコーチングを受けるためだ。「彼らには本当にわずかな予算しかなかったよ」とザカライセックは言う。しかし、そんな金銭的なストレスがアグネスのスケートに影響することは決してなかったという。

この引っ越しが実ったのは、2年後のことだった。アグネスは全米ジュニア選手権で優勝し、世界ジュニア選手権で2位に輝いたのだ。そのおかげでスケート連盟からいくらか援助が受けられるようになった。

このときようやく、アグネスは理解した。自分がここまで成功できたのは魔法のせいなどではない、母親の超人的な努力のおかげなのだと。

「ごめんね、お母さんにそれほど犠牲を払わせていたなんて」アグネスは母親に何度も何度も謝ったという。

すると、ジョランタは答えた。「いいえ、犠牲なんかじゃないのよ。私が自分で決めたのだから。あなたのためにそうしたかったの」
 

だが、人生に苦労はつきものだと、ジョランタはわかっている。去年、ジョランタの息子一家がシカゴからやってきて、寝室が2つしかないザワツキー家で、8人が3か月間一緒に暮らした時期があった。アグネスには練習の疲れが癒せるよう個室が与えられた。ジョランタはいつものようにリビングの床に布団をしいて寝たが、彼女はこれまで16年間、ずっとそうしてきたのだった。
また、ちょうどこの時期、アグネスが18歳になり、彼女の父親の死亡給付金が停止してしまった。月1200ドルの収入を失って、ジョランタはさらに労働時間を増やすことになった。だが、クレジットカードの支払が追いつかず、彼女は自己破産せざるをえなかったという。

これらすべては、アグネスをオリンピックに行かせるためだった。今回の全米選手権の舞台、ボストンで彼女がリンクに足を踏み入れたとき、その夢はとうとうかなったのだろうか? アグネスの衣装デザイナーであり、資金援助もしているパット・ピアソルは、その夢が実現することを祈っていた。

「ここまで来るために、この一家はたくさんの苦労を味わってきたんです」と、ピアソルは話す。「本当に数えきれないほどの奇跡が起こって、アグネスはやっとこの場所に立つことができたんですよ」

木曜日の女子ショートの日。アグネスがきらめく紫色の衣装に身をつつみ、ライトの下で氷を駆け抜け、ジャンプやスピンをしているとき、ジョランタはピアソルの右手を握りしめていた。彼女は両手で顔を覆い、涙をぬぐった。その胸は荒い呼吸で波打っていた。

予定していた3回転ルッツが2回転になったとき――それはあまりにも大きなミスだった――ジョランタは客席の椅子にどっともたれて、虚空を見つめた。それが何を意味するのか、彼女はよくわかっていた――オリンピックのチャンスはほぼ消えてしまったのだ。その夜、アグネスはショート13位に沈んだ。

アグネス自身も、自分の演技が何を意味するのか知っていた。その大きな青い目は赤く充血し、下まつ毛の上に涙がたまった。フリーのあとも同じ悲しいシーンが続いて、結局総合11位に終わった。

「いい結果を出して、家族を助けるためにお金を稼ぎたかったんです。でも、そのせいで、時々これ(スケート)が仕事のように感じることがありました」アグネスはいつもの優しい声でそう語った。そして何とか少しだけ笑顔を作って、こんな話をした。最近、母親におしゃれなフライパンと新しいトースターを買ってあげたのだと。なぜなら、古いトースターは「20年もの」で、ふたが取れかかっていたからと。

「時々、自分はまだまだ全然だめなんじゃないかと思ってしまうんです。母にお返しをしてあげたいのに」と彼女は言った。「母にすてきなものを買ってあげたい。母の生活を楽にしてあげたい。でも、私は家族をがっかりさせてしまった」

次の冬季オリンピックのときには、アグネスは23歳になる。また節約と出費に頭を悩ませる4年間を前に、彼女はちょっと時間をかけて、今後のキャリアについて考えたいと話した。今はただ、1人になりたいのだと。

グレイシー・ゴールドが優勝を祝っているころ、アグネスはもうホテルの部屋に戻って、泣きながらベッドに横たわっていた。あらゆる冬季スポーツで五輪代表が決まるこの時期、世界中で同じようなシーンが繰り広げられているのだろう。

私はジョランタにたずねてみた。アグネスは2018年五輪を目指してスケートを続けるべきだと思いますか、と。

「それは娘が決めることよ」ジョランタはため息をついてから、そう答えた。「私は強い女です。私は娘と一緒にがんばり続けられるわ」



長洲未来ちゃんのInstagramから。アグネス、未来ちゃん、ガオちゃんの笑顔がまぶしいです…。

JUGEMテーマ:フィギュアスケート
カテゴリ:北米女子 | 07:27 | comments(10) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
素敵な記事と素晴らしい翻訳ありがとうございます。
(翻訳は単なる言語的置換作業ではなく、翻訳者を通じて原作者の心を再表現することだと思っています。たらさんのお持ちになる、英語の正確な理解力と美しい日本語の玉手箱、本当にうらやましい限りです。)
たらさんの選ぶ記事を見ると、ご自身の価値観がにじみ出るように感じます。ハートフルであり、時にユーモアがあり、偏りがなく、伝えなければならないという使命感にあふれています。
今回の記事は、たらさんが伝えなければ、日本人の目に留まることは難しかったでしょうし、今までにもそのような記事はたくさんありました。

世界中の有力スケーターが、必ずしも恵まれた環境でキャリアを続けているわけではないことが、この記事を見ると分かります。ですが、個人的な事情は、それぞれの選手も同じようにもつものなので、誰がどうだから(オリンピックの)選考に漏れて可哀そうだったとはなるべく思わないようにしています。

ただ、スポーツなので公平かつ公正であるべきだとは感じています。全日本、全米と悲しい結果が続いて、すこし残念ではあります。
| mylife | 2014/01/15 9:38 AM |
>mylifeさん、褒めすぎですー!でも、ありがとうございます^^
記事は私が勝手におもしろいと思ったものだけを取り上げているので、非常に偏っていることもしばしばなんですよ。でも、今回の記事は多くの人に読んでいただきたいなあという一心だったので、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
スポーツは公平・公正であるべき…確かにそうなんですが、特にフィギュアの場合、人間の感情が入り込みやすいところが魅力でもあって、なかなか難しいですね。
全日本、全米と心が疲れましたよね。あとはロシア…>_<;
| たら | 2014/01/15 4:58 PM |
素敵なストーリーありがとう。
ほんとに知らなかった、ザワツキーとか東欧の姓だな。
ぐらいの感想の選手でした。
彼女のママに感動した。
母親だからって、誰もが出来ることではないもの。
彼女のママに拍手を。
アグネス達が金銭的にも幸せになりますよう、私が
アグネスままに近ずけますように。
| kururi | 2014/01/16 1:02 AM |
>kururiさん、コメントありがとうございます。

私もです>< おっとりした感じだし、やはり裕福な家のお嬢さんなのかなあなんて思っていました。
アグネスママ自身、きっとたくさん泣いてきたでしょうね…。「またがんばり続けられる」と言えるママ、すごいです。
| たら | 2014/01/16 4:24 PM |
たらさん、この記事の翻訳をありがとうございました。

母子家庭といえば伊藤みどりさんも。
家庭的にスケートを続けるのが難しくなったとき、みどりさんの才能に気付いていた山田満知子コーチがみどりさんを自分の家に引き取ってスケートを続けることができるようにしたそうです。
日本でこれだけフィギュアスケートが盛んになり、実力が上がってきたのは伊藤みどりさんに負うところが大きいと思います。
そして、そのみどりさんを育てた満知子コーチはすごい!

日本の選手も経済的には苦労しているみたいですよね。

高橋選手のお母さんも、高橋選手がスケートを続けるために長時間、パートで働いていらっしゃったと何かの記事で読みました。
コマーシャルにお母さんの職場の大輔ボトルが出ていましたね。
職場の方々もお母さんの苦労を知って、少しでも支えようと募金してくれたんですよね、きっと。

ソチの団体戦に出場する国はG8+中国+ウクライナ
経済的に豊かな国でないとフィギュアは難しいってことがわかります。
| coco | 2014/01/17 8:13 PM |
たらさんいつも素敵な記事をありがとうございます。
このザワツキー選手の記事、涙なしには読めません。
何回も泣きながら読み返させていただきました。

ザワツキー選手のお母様の深い深い子供への愛情に心打たれて胸が詰まります。私にも子供がいますが、果たして私はこんなに強く優しい母親になれるだろうか?と自問自答しました。
お母様は本当に言葉に表せないほどの、私なんかには到底計り知れないご苦労をされてきたことと思います。それでも娘さんとオリンピックを目指したいという強い強いお気持ちがお母様を奮い立たせていたのでしょうね。
そしてその気持ちに応えてお母様の生活を少しでも楽にしてあげたいと一生懸命努力してきたザワツキー選手も素晴らしいです。
2018年の平昌オリンピックを目指して欲しいとは簡単には言ってはいけないと思うんですが、もし目指されるなら力いっぱい応援したいと思います。

| せいママ | 2014/01/17 10:13 PM |
>cocoさん、ご返事遅くなりまして申し訳ありません。

伊藤みどりさんと満知子コーチのお話、大輔ボトルのお話、ありがとうございます。
大輔くんと歌子先生もそうですし、フィギュアって選手と周囲の人の絆を感じることが多いですよね。アグネスの衣装デザイナーもずいぶん力になっているようですね。

>ソチの団体戦に出場する国はG8+中国+ウクライナ。経済的に豊かな国でないとフィギュアは難しいってことがわかります。

言われてみると、本当に! それを会場やテレビで観戦できる私たちも相当恵まれてますよね…そのことを忘れないようにしなくては!
| たら | 2014/01/19 11:03 AM |
>せいママさん、ご返事遅くなりまして申し訳ありません。

何度も読み返していただいたとのこと。ありがとうございます。私も訳しながら何度もティッシュ使っていました…。
アグネスのお母様、ものすごく強いですよね。最後のひと言を読むだけで、本当にすばらしい人なんだなあと思います。

>2018年の平昌オリンピックを目指して欲しいとは簡単には言ってはいけないと思うんですが、もし目指されるなら力いっぱい応援したいと思います。

4年って、特に今回ソチに出られなかった選手にはすごく重い月日なんでしょうね。どんな道を選んだとしても、また彼女のあの素敵な笑顔が見たいです!
| たら | 2014/01/19 11:11 AM |
アグネスは明るく元気なアメリカ娘と思っていたので
そんな苦労があるとは知りませんでした。
日本の伊藤みどり選手も高橋選手も経済的には恵まれていなかったそうですし。高橋選手のお母さんも鈴木選手のお母さんもお仕事頑張っているみたいですが。
我が子のため、、 親の頑張りには感動します。
オリンピックにはいけなかった選手のドラマもありますね。
選手の長い人生の支えになると思いますし
又私たちもこうして読むだけでも自分も頑張ろうという気持ちになります。
| みこ | 2014/01/21 5:00 PM |
>みこさん、こちらにもコメントありがとうございます。
フィギュア選手というと華やかで美しくて可愛くて…というイメージを持ちがちですが、その裏にはそれぞれの選手や家族がかかえるドラマがあるんでしょうね。

>私たちもこうして読むだけでも自分も頑張ろうという気持ちになります。

ほんとですよね。私もがんばらなくては!(^ω^)
| たら | 2014/01/23 4:20 AM |
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