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ユリア・リプニツカヤ インタビュー@icenetwork
今年の世界ジュニアの主役をだれかひとり選ぶとすれば、
やはりロシアのユリア・リプニツカヤだったのではないでしょうか?
(ペアやダンスをろくにチェックしていないくせにえらそうですね、スミマセン…)

icenetwork.comでは、この大会を終えたばかりのユリアちゃんにさっそくインタビュー(2012年3月8日付)をしています。(ソースは→こちら) これがすごく興味深い!直訳的ですみませんが、ざっと訳してみました〜。

「リプニツカヤ、充実のシーズンを終えて自由を楽しむ」

無敵のコンビ、ユリア・リプニツカヤとEteri Tutberidzeコーチ

ロシアのユリア・リプニツカヤにとって、今季は特にすばらしいシーズンだった。ジュニアの国際大会のデビュー1年目で、ライバルをほとんど寄せつけず、全試合で優勝したのだ。その自信、別次元の柔軟性、すぐれたジャンプ、ハイレベルなスピン、天性の音楽性は、シーズン中ずっとファンを驚かせてきた。

リプニツカヤは4歳の時、故郷エカチェリンブルグでスケートを始めた。2009年に家族とモスクワに移り、若く有能なEteri Tutberidzeコーチの教え子となった。ジュニアグランプリのデビュー戦は2011年ポーランド大会。ここでショート、フリーとも1位になり、金メダルを獲得した。続くイタリア大会でも優勝し、ジュニア・グランプリ・ファイナルに進出。ファイナルでは観客のスタンディングオベーションを受けて、金メダルに輝いた。今年のロシアジュニア選手権でも優勝、シニアのロシア選手権では2位となった。

今季のハイライトは、ベラルーシのミンスクで開催された2012年世界ジュニア。ノーミスの演技で2位に15点差をつけて圧勝しただけでなく、187.05という高得点を出して世界ジュニア記録を更新した。
icenetwork.comはそんな彼女にインタビューし、世界ジュニアや競技にのぞむ姿勢、これまでのスケート歴などについて語ってもらった。

――初の世界ジュニアで楽々と勝ってしまいましたね。あなたにとってこの大会で優勝した意味とは何でしょう?

ユリア:シーズンの終盤にはエネルギー切れになってくるものなんです。想像できますか、毎日同じことを繰り返して、やっと最後の大会をむかえるんですよ! あと少しだけ集中を維持すれば、自由になれるんです。プレッシャーはそれほどありませんでした。絶対勝たなきゃと思ってのぞんだわけではなかったから。ただ、すごくよかった今シーズンを悪い形で終わりたくないな、とは思ってました。

――Tutberidzeコーチによると、あなたは大事な試合にむけて気持ちを高めたり、自信を保つのが上手だそうですね。いったいどうやって?

ユリア:まわりの人のことは見たり聞いたりせずに、いいこと――プログラムやファンの人たちのこと――だけを考えようとします。ライバルのことは考えません。緊張もしないようにします。だから、プログラムのエレメンツをこなすことに全力を傾けることができるし、すべて練習通りにできるんです。練習では、安定した演技ができるようになることに力を注いでいます。私は3回転‐3回転のコンビネーションジャンプを全種類もっていますが――Rittberger(ヨーロッパではループをこう呼ぶ)もね――コンボを跳ぶ時には緊張します。練習で高難度のコンボが安定しない時には、基本的なエレメンツに立ち返るんです。緊張から逃れることはできませんからね。コーチはいつも私を支えてくれます。彼女と一緒だと心強いんです。

――世界ジュニアで一緒に戦った選手たちについては?

ユリア:ほかの選手のことは考えないようにしていました。勝負はわからないものだし、だれに運が回ってくるかわかりませんから。私はいつも目標をひとつだけ持っています。自分がコントロールできることに全力を傾ける、ということです。

――今季出場したジュニアの試合は全勝、シニアのロシア選手権では2位でしたね。当初から勝ちをねらっていたのですか、それとも予想外の結果でした?

ユリア:結果については考えたこともなかったわ! できることをやるだけだし、すべてがうまくいったらうれしいです。あと、私にはすごくいい専門家の方々のチームがついてくれていて、いつも助けてもらっているので、彼らに喜んでもらいたいとは思っていました。

――大成功のシーズンが終わって、リラックスするつもりですか、それともすぐに来季のプログラムに取り掛かるんですか?

ユリア:どこかのビーチに行こうかな、と思ってます。海にはもう3年も行っていないんです。時間がなくて。故郷のエカチェリンブルグにも行きたいな。そのあとは5月下旬まで練習と学校。6月初めにはノボゴルスクのトレーニングセンターに向かいます。

――ロシアの女子シングルはシニアよりジュニアのほうがレベルがはるかに高いと、多くの専門家が言っています。理由は何だと思いますか?

ユリア:才能ある女の子たちがたくさんいるからだと思います。コーチ同士も競い合っていますし。もうひとつは、私の意見ですが、2014年にロシアでソチ・オリンピックがあるからでしょうね。オリンピックで勝つだけで名誉だけど、地元のオリンピックとなると2倍の名誉ですから…出場できるだけでも名誉ですけど

――あなたを見ていると疲れている姿を想像できませんね。試合の疲れとか、ハードな練習、プレッシャーを抱えて滑ること、そういったことにどう対処しているんですか?

ユリア:もちろん疲れますよ。でも、リラックスしたり休憩したりする機会もたくさんあるんです。横になってヘッドホンで音楽を聴いたり、VKontakte(ロシアのFacebookのような交流サイト)で楽しんだりするのが好きです。もちろん睡眠も十分とります。週末にはマッサージを受けるんです。生まれ変わった気分になれますよ。

――エカチェリンブルグでスケートを始められたんですよね。本気で打ち込もうと思ったのはいつですか?また、この競技で成功するにはモスクワに移らなくてはならないと思ったのは?

ユリア:ママと話し合って、どこかに引っ越してスケートを続けるか、でなきゃやめるしかない、ということになったんです。続けたい?とママに聞かれて、私は答えました。「うん、続けたい。やってみましょうよ!」って。でも、どこに行けばいいのか、誰に教わればいいのかわかりませんでした。そこで、前に試合で会ったことのあるEteri Tutberidzeに電話することにしました。ネットで電話番号を調べて、電話をかけて、会いに行ったんです。その時には将来のこととか、何を目指すかなんて、ママも私も全然考えていませんでした。

――今の女子シングルはどうあるべきだと思いますか? 技術的な面と表現面の両方に気をくばるべきでしょうか?

ユリア絶対にすべてのことができなくちゃいけない、それもすごく巧妙にできなくてはならないと思います。欠点をなくすようにしなくては。もちろん、可能なら、ということですが。それを私は目指しているんです。将来、女子が「トリクセル」(ユリアはトリプルアクセルをこう呼ぶ)や4回転を跳ぶようになる可能性については、かなり疑問をもっています。エネルギーやパワーをすごく奪われるし、それらを跳ぶことで膝や背骨に大きな負担がかかってしまうからです。でも、私はやってみたいですけど。



 すごいですね!13歳にして、この強い意志と、はっきりとした受け答え。インタビュアーも、思わず「女子シングルはどうあるべきでしょうか?」なんて、専門家に聞くような質問をしてしまっています。

彼女の故郷のエカチェリンブルグは、ロシア東部のウラル山脈中部にある小さな工業都市なのだそうです。そこからモスクワに家族で引っ越すというのは、やはり並大抵の決断じゃないですよね。
強気な言葉のはしばしから、今のロシア女子の過酷さがつたわってきます。ソチ・オリンピックで金メダルとれたらすごいこと!と鼻息を荒くしたあとで、「あ、出場できるだけでもね」と言いなおしているのがカワイイ。
2年後はまだ15歳。オリンピックにはぎりぎり出場できる年齢ですけど、絶対出る気でいますね。しかも金メダルとる気十分!
すごいなあ。すごいとしか言えませんが、とにかくすごいです!


JUGEMテーマ:フィギュアスケート
カテゴリ:ロシア&ヨーロッパ女子 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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