織田くん、現役引退。
天下分け目の全日本が終わって、とうとうソチ五輪の代表選手が決まったというのに、今いちテンションが上がらず、更新できずにいました。代表選考のドラマとか、スケート連盟の残酷な仕打ちとか、いろいろ重たいことがありすぎて…(;_;)
そんなすさんだ心にあたたかい涙をそそいでくれたのが、織田信成選手の引退のニュースとメダリスト・オン・アイスでのすばらしい演技でした。引退を決意したのは代表発表があった23日。五輪とワールドの選考に漏れてしまったことから、MOIでの演技を最後にしようと決めたそうです。

このMOIでの突然の引退発表のシーン。さっそく動画をあげてくださった方がいらしゃいました。下の動画の2:10ごろからです。涙なしには見れないです…



織田くんの詳しいコメントがスポーツナビにアップされていました。長くなりますが、全文を貼らせていただきます。

 
織田信成が現役引退 四大陸代表は辞退
「大ちゃんがいたから僕も頑張れた」
スポーツナビ 2013年12月24日 22:43

フィギュアスケートの織田信成(関大大学院)が24日、現役引退を発表した。織田はこの日、全日本選手権明けのアイスショー「メダリスト・オン・アイス」に参加。全選手の演技が終了後、会場に詰めかけたファンの前で発表した。織田は全日本選手権で4位に終わり、目標としていたソチ五輪出場を果たせなかった。四大陸選手権への出場が決まっていたが、「若い選手に頑張ってほしいので、(自分は)これからは違う道で頑張っていこうと思います」と引退の理由を明かした。

 長年わたり苦楽を共にしてきた鈴木明子は「ノブの我先に泣いてくれる優しい気持ちが大好きでした」と、涙で言葉を詰まらせた。

「悔いはないです」

 今日を持って現役生活を退く決意をしました。今回代表になれなかったことで、その思いも強くなって、若い選手もどんどん強くなってきているし、今が引き際かなと思って今日という日に決めました。本当にたくさんの方に祝福していただいて、引退できたので、すごくすごく幸せでした。本当に自分のスケート人生も幸福で満ち溢れたスケート人生でした。今まで練習してきたことに悔いはないですし、今日この日に引退を発表できて、新年迎えて新たな気持ちで頑張っていきたいと思います。

――引退を最終的に決意したのはいつですか?

 昨日です。代表発表があって、五輪と世界選手権の代表から漏れてしまったので、自分の実力の至らなさなんですけど、仕方ないなということで、今日という日に決めました。

――代表がダメだったら引退しようと思ったのはいつ?

 今シーズンで現役を引退しようと決めていたんですけど、少し早くなっただけというか、いつ辞めてもいいようにというのは変ですけど、それぐらい悔いなく日々を過ごせていたので、悔いはないです。

――思い出に残っている演技は?

 今回の全日本でのフリーの演技ですね。ショートは失敗してしまったんですけど、全日本という舞台で戦えたという実感があったので、それが一番良かったかなと。

――五輪(10年バンクーバー五輪)にも出場しました。今、振り返ってみてどうですか?

 本当に良いことも悪いこともいろいろな経験をさせてもらった舞台だと思います。これからソチ五輪がありますが、みんなに頑張ってほしいなという気持ちです。

――五輪では演技中に靴ひもが切れるというアクシデントもありましたが、振り返ってみてどうですか?

 その悔いを晴らすべく今季頑張っていたんですけど、それもかなわなかったので、そこが自分の実力の至らなさかなと思います。これからもっと頑張っていこうという決断もあったと思うんですけど、本当に若い選手もたくさん育ってきていますし、そのなかで戦っていくのは厳しいのかなと思いました。

信長の子孫としても注目 「鳴かぬなら……」

――当初は織田信長の子孫ということで注目を集めた部分もあったと思いますが、トップスケーターとなり、織田信成という選手として認知されています。それはご自身でどう感じていましたか?

 最初は名前ばかり注目されるのに抵抗はあったんですけど、本当にそういうきっかけでスケートを見てくださる方がいたり、そこから自分だけじゃなくフィギュアスケートというものも知ってもらえて、そういう面では自分の名前は得だったのかなと。

――名前に関連して、スケート人生は「鳴かぬなら……」?

 少々お時間いただいてもよろしいでしょうか(笑)。難しいです。今日もそうなんですけど、トップの選手から花束をいただけたりするとは思わなかったので、泣き泣きの一日だったんですね。「鳴かぬなら、泣きに泣きますホトトギス」とかです(笑)。涙が印象的なスケート人生だったと思うので、それで締めくくりたいと思います(笑)。

――これまでのスケート人生で一番印象に残っている試合、一番悔しかった試合、うれしかった試合は何ですか?

 一番印象に残っている試合は、初めて出場した世界選手権(2006年)ですね。本当に緊張していて何も覚えていなかったんですけど、初めて世界のトップ選手たちのなかで滑ることができて、自分のなかで印象に残っています。悔しかったのはやはりバンクーバー五輪です。うれしかったのは、自分の力を出せた大会ですね。

――引退の意思を最初に伝えた方はどなたですか?

 まずは母に伝えました。やめる決意をしたなら、それは否定はしないという感じでした。それから周りの人に伝えました。自分のなかできちんと決めてから、言おうと思っていたので、家族や友人に伝えました。

――どんな言葉を言われた?

 今まで頑張ってくれてありがとうとか、温かい言葉をいただきました。
 

指導の道に興味「目指すところは五輪の金」


――今後やりたいことは?

 コーチングにも興味ありますし、大学院生なので、修論を書いたりしないといけない。ただスケートに携わっていければいいなと思います。


――指導の道に進まれるとのことですが、どんな選手を育てたいですか?

 目指すところは五輪の金メダルだと思うので、自分が届かなかったぶん、若い選手には力を入れて頑張っていきたいと思いますし、自分の力をどこで発揮できるかは分からないので、いろいろなことに挑戦していきたいし、やってみたいと思います。

――昨日、四大陸選手権の代表に選ばれていますが、その時点で続けていこうとは思ったのか?

 正直、五輪と世界選手権のどちらかの代表に選ばれなかったら、もう引退しようと思っていました。

――発表したあと、多くの選手に囲まれていましたが、どんな言葉を掛けられ、どういう気持ちになりましたか?

「本当にいままでありがとう」という言葉を掛けてもらって、ただただうれしかったです(涙で少し言葉を詰まらせる)。

――今日、ファンの皆さんの前で滑るときは引退を決めていたと思いますが、どんな気持ちでどんなことを伝えたくて滑っていましたか?

 演技する前はまったく緊張していなくて、これが最後なんだと。自分の全部を出し切って終わりたいと思ったので、失敗してもしなくても、全部を出し切りたいと思っていました。その気持ちひとつだけでした。

――終わったあとは思わず号泣していましたが、どんな気持ちが沸き上がっての涙だったのでしょうか?

 本当にこれで現役として滑るのが最後だと思うと、ちょっと悲しくなりました。

高橋の存在「同じ時代にスケートができて良かった」

――高橋大輔選手と比較されることも多かったと思うんですけど、高橋選手の存在は織田選手にとってどういうものでしたか?

 大ちゃんがいてくれたから僕も頑張れたと思うし、ライバルとしても人としてもすごく尊敬しているので、同じ時代にスケートができて良かったです。

――直接伝えたときはどういうやりとりがあった?

 大ちゃんも泣いて抱きしめてくれました。みんなが泣いてくれて、泣いているのが自分だけじゃなくてうれしい気持ちになりました。

――今後、アイスショーなどに出演される予定は?

 せっかくここまで磨いた技術なので、そのレベルは若さが保てるかぎりは、保ち続けたいと思っていますし、アイスショーでもどんなオファーでも全力でやりたいと思うので、皆さんよろしくお願いします(笑)。

――ご自身もお母様がコーチでしたが、2人の息子さんにもスケートを教えたいと思いますか?

 やっぱり自分は満足できる成績で終わらせることができなかったので、それを超えてほしいなとは思うんですけど、自分の子どもに教える大変さを僕自身痛感しているので、やってほしいとは思うんですけど、それは子どもたちの選択に託したいと思います。

――最後にさまざまな方への感謝の気持ちを話してもらえますか?

 今まで応援してくれたファンの方々、連盟やアイスショーの関係者の方々、こうやってインタビューをしてくれる記者の方、メディアの方に感謝の気持ちでいっぱいです。自分も恩返しができるように頑張っていきたいと思います。

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四大陸選手権を辞退するということは、補欠の無良選手がくりあがって出場することになるんですね。織田くんは無良くんにチャンスをくれたわけですね。
…なんだか胸がつまってあまり語れません。今季はやっと怪我から復活して、プログラムもSP、FS、EXとみんなよくて、すばらしい成績を残していただけに、もったいないという気持ちと、もうこれ以上苦労しないでほしい(織田くん本人は楽しかったって言ってますけどね)という気持ちと両方あります。(でも、グランプリ・ファイナル銅メダリストが五輪にもワールドにも出られないなんて、やっぱりもったいなさすぎる!…日本男子の層の厚さがうらめしいです)
これからは試合会場やテレビでコーチとしての姿を見られるんだと思うと、すごく楽しみ!ではあるんですが、まだショックが大きすぎて…(;_;)
今はただただ、ありがとうと言いたいです。織田くん、ありがとう!




ローリー・ニコルが織田くんの現役最後を飾るエキシとして選んだ「ラスト・サムライ」。MOIでは渾身の演技でしたね。ソチが無理ならせめて日本開催のワールドで見たかった…(;_;)


あっこちゃんの優勝に感激して号泣する織田くん。愛しすぎるやろ…

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織田くん、ネーベル優勝! Icenetwork記事 (+動画)
もうだいぶ息切れしてきましたので、連続更新も今日までになると思います(^_^;)…が…これだけはどうしても…

織田くん、自己最高点での優勝、おめでとうございます!

これが正式なPBになるかどうかは、すみません把握していないんですが、SP・FSともクワドを完璧に決め、笑顔はじける、躍動感あふれるすばらしい演技でした!
ざっとですが、Icenetworkに9月28日付でアップされたネーベルホルン杯男子フリーについての記事です。
元記事はこちら→Oda crowned 'King of the B's' at Nebelhorn



「織田、ネーベルで“B級大会の王”に」

ブラウンはシニアの国際大会デビュー戦で銀メダル、怪我が癒えたテンが銅メダル

織田信成
はオーベルストドルフを国外での拠点にすることを検討したほうがいい。
26歳の織田は、ロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」を使ったフリーで175.64点をマークし、みごとに3度目のネーベルホルン杯優勝を飾った。総合262.98点は、彼の国際戦の最高点を大きく塗りかえる得点だ。
フリーの冒頭では、多くのジャッジがGOE+2をつけたすばらしい4T-3Tを決めた。ショートでもフリーでも、クリーンな4回転を跳んだ選手は織田だけだった。その後、2本の3Aを含む7つの3回転ジャンプをミスなく跳び、快活なステップと切れのいいスピンを次々と決めていった。この演技にジャッジは高評価を与え、多くのエレメントでGOE+3を連発した。
「この曲を選んでくれたのは、振付をしてくれたローリー・ニコルです。僕もとても気に入っています」織田はそうコメントした。「シーズンのいいスタートになりました。他の選手にこんなに大差をつけて優勝したことは今までなかったし、これほど得点が出たのも初めてでした」
「4回転を降りて、ほっとしました。その後、ほかのジャンプもうまくいきました」さらに、シーズン後半には3Tを4Tにしていく予定です、とつけ加えた。
織田は、3回のネーベルホルン杯優勝(2008、2012、2013年)に加えて、昨シーズンこのオーベルストドルフで開かれたバヴァリアン・オープンでも優勝し、すっかり「B級大会の王」になっている。今後の課題は、このB級大会での成功をGPSと全日本選手権に移しかえていくことだ。2011年以降、彼は世界選手権の日本代表の座を逃しているからだ。
「今度はグランプリ・シリーズでいい演技ができなくてはならない。そのためにしっかり練習していきたいと思います。日本にはいい選手がたくさんいて、全員が僕のライバルです。僕の最終目標は、もちろんオリンピックの代表に選ばれることです」

世界ジュニアで2度メダルを取った18歳のジェイソン・ブラウンは、華々しいシニアの国際デビューを飾った。フリーは149.02、総合228.43で銀メダルに輝いた。
フリーの曲は「リバーダンス」。まず2Aで体をあたため、次に質のいい3A-3Tのコンビネーションを決めた。2本目のトリプル・アクセルは着氷が前のめりになり両足着氷、ダウングレードを取られた。
このほか、3T-1Lo-3Sのシークエンスを含む5つの3回転ジャンプを成功。2つ目の3Lzは片手を上にあげる「タノスタイル」で跳んだ。ステップでは独特の魅力を放ち、複数のジャッジがGOE+3をつけた。
「今、シニアで戦えて、わくわくしています。とてもいいデビュー戦になりました」最近、コーチのコーリ・アデと共にコロラドに移ったブラウンは、そう語った。「このまま向上していけたらいいなと思います。これからも前進していきたいです」
フリーの振付はローヒーン・ウォード。自分のプログラムについて、ブラウンは次のように言った。
「僕にはアイルランド系の祖先はいないけれど、アイルランドの文化や音楽は大好きなんです。だからリバーダンスを選びました」

カナダのェレミー・テンは、フリーでは5位だったが、総合205.56で3位を守り、銅メダルを獲得した。
冒頭の3Aでは転倒したものの、残る6つの3回転をほぼミスなく決めた。
「今回は緊張をうまくコントロールすることができました。数年間、怪我ばかりしていたので、復帰することができて嬉しいです。僕にとってすばらしい大会になりました。おかげで自信をつけることができました」
「コーチで振付師でもあるジョアン・マクロードが、アンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲した、この忘れられた曲「Variations」を見つけてきてくれたんです。車を運転して家に帰る途中、この曲を初めて聞いてみました。すぐにとても気に入りました。それで、フリーに使おうとコーチと決めたんです」
テンは2011年に足首の手術を受けるなど、数回の怪我に苦しんできた。
「そんな苦しみも、もう過去のものという気がしています。今、人生で一番いい体調です。僕を支えてくれるチームのみんなもいるし、体調を維持するためのスケジュールもできています」

ロシアの元ペア選手アルトゥール・ドミトリエフの息子であるアルトゥール・ドミトリエフ・ジュニアは、201.74で4位だった。フリーはフィリップ・キャンデロロの有名なプログラム「ダルタニアン」に似たプログラムで、あの剣さばきも入っていた。(キャンデロロは1998年五輪でこれを滑り銅メダルを獲得したほか、世界中の100以上のショーでこのプログラムを滑っている)だが、キャンデロロの芸術性には欠けるものの、ジャンプが不安定という部分はキャンデロロと共通していた。

イスラエルのオレクシイ・ビチェンコは、アメリカのニュージャージー州ハッケンサックでクレイグ・モウリーツィのコーチングを受けているが、総合197.46で5位だった。男子の五輪枠を争う国の選手のうち、彼が最上位だった。ルーマニアのゾルタン・ケレメンは194.08で6位。やはりソチの枠を勝ちとった。

この2人のほか、次の4人が五輪枠を獲得している:マイケル・クリスチャン・マルティネス(フィリピン)、ブレンダン・ケリー(オーストラリア)、ヤコブ・ゴドロツァ(ウクライナ)、ポール・ボニファシオ・パーキンソン(イタリア)

補欠第1位はポーランド。ブラジルのルイス・マネッラはフリー4位だったが、ショートの出遅れが響いてブラジルは補欠第2位となってしまった。

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 記事のタイトルが「B級大会の王」って、ナニゲにひどいんですが(^_^;)…まあ、この好調をぜひ今後のビッグマッチに生かしてほしいっていう、エールですねこれは!
ドミトリエフとキャンデロロについてもちょっぴり辛口だし、けっこう海外の記事って皮肉をきかせること多いんですよね。

早速動画をアップしてくださった皆さま、ありがとうございます。上位3人と表彰式、そして織田くんのエキシの動画だけ貼りつけさせていただきます。




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カテゴリ:織田信成 | 09:26 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
織田くん、ネーベルSP1位! Icenetworkより 【男子SP動画】
ネーベルにJGP…スケートイベントが2つ重なっただけで頭がパンクしそうなんですが(来週末が思いやられます... orz)やりましたね!織田信成選手、ネーベルSP首位! 
2位は予想どおりでしょうね、アメリカのジェイソン・ブラウンくん。そして、そして…3位にはすばらしい演技でカナダのジェレミー・テンくん…ううっ、おかえりなさいJ10くん(;_;)
Icenetworkでは矢継ぎ早に記事がアップされています。9月27日付でアップされた男子SPについての記事をざっとですが。

元記事→Oda out-jumps field in Nebelhorn short



「織田、ジャンプで圧倒。ネーベルホルン男子SP」
ブラウンはプリンス風ファッションを初披露。テンも上位に


織田信成(日本)は、今回のネーベルホルン杯でただひとり4回転ジャンプを決め、2位に7.93ポイント差をつけてショート首位に立った。

26歳の織田は2008年と2012年の本大会の優勝者だ。ビッグバンド・ジャズの曲「コットンクラブ」にのせた歯切れのいいSPで、ステップからの4Tを完璧に決めた。続く3Aも卓越した出来、後半に入れた3Lz-3Tのコンビネーションには9人のジャッジのうち2人がGOE+3をつけた。織田のトレードマークであるスピンも回転の早さはピカ一だった。
これまで世界選手権でトップ10入りを3度も果たしているものの、過去2シーズンは世界選手権の代表入りを逃してきた織田だが、シーズンはじめにSPで87.34という得点はみごとだ。
「シーズンをこんなにいい形で始められて嬉しいです。明日のフリーでもベストを尽くしてこの1位をキープし、ネーベルホルン杯3度目の優勝を狙いたいと思います」織田はそうコメントした。
結婚して2児をもうけた織田は、1年の大半をカナダ・オンタリオ州のバリーで、リー・バーケルコーチ率いるチームで練習をおこなっている。今シーズンはすでに試合で目覚ましい勝利をあげている。8月のThornhill Summer Competitionで、フリーでは世界3連覇中のパトリック・チャンを軽く下し、優勝したのだ。
カナダにいる間、織田はフィギュア界で屈指の2人の振付師、ローリ・ニコルとデビッド・ウィルソンと振付をおこなった。この2人の最大の違いは何ですか、と聞かれると、織田はおもしろい意見を述べた。
「デビッド・ウィルソンの場合は、自然な感じで、感情が前に出ます。まず音楽を聞いて、そのたびごとに少しずつ演技をつけていきます。ローリ・ニコルはもっと得点やつなぎの動き、ルール全般のことを考えますね」

これがシニアの国際大会デビューとなったジェイソン・ブラウン(アメリカ)は、プリンスの「A question of U」を使った昨シーズンのスタイリッシュなSPを継続している。世界ジュニアで2度メダルを取ったブラウンは、卓越した体の動きと音楽の解釈力をもっている。冒頭の3Aはクリーン、3F-3Tのコンビネーションと最後の3Lzはわずかに乱れた。
3つのスピンはいずれもレベル4を獲得し、柔軟性をいかしたすばらしいものだった。ほとんどのジャッジがスピンにGOE+2をつけ、ステップシークエンスでも2人のジャッジがGOE+3をつけた。
シニアとジュニアの試合は違いますか、と聞かれて、ブラウンは答えた。
「僕はどんな試合でも同じように考えています。シニアでもジュニアでもね。4回転については無理はしていません。ホームリンクでは毎日4回転を練習しています。うまく跳べることもあれば跳べないこともあります。試合に入れるほどは安定していないんです」

ジェレミー・テン(カナダ)はSPのパーソナルベストとなる76.49で3位につけた。ジャンプはすべてきわめてなめらかで、まるで氷の上を飛んでいるかのような動きだった。冒頭ですばらしい3Aを決めると、3Lz-3Tと後半に入れた3Lもしっかり決めた。
「僕にとってとてもいい復帰戦になりました。これまで4年間、たくさんの怪我に苦しんできましたから。今日は今までで最高の気分です」テンはそうコメントした。
カナダスケート連盟でdirector of high athlete performanceをつとめるマイケル・スリプチュクは語った。
「カナダ男子のソチ五輪枠は3つです。もちろんジェレミーは枠を争える選手のひとりです。カナダ選手権では3、4人の争いになるでしょうね」

アルトゥール・ドミトリエフ(ロシア)は、スピードに乗ったプログラムで4つの3回転ジャンプをミスなく決め、73.39点で4位につけた。3Aには9人中8人のジャッジがGOE+2をつけた。

今大会、男子では6つの五輪枠がかかっているが、枠取りを争う国の中でベストの演技をおこなったのはオーストラリアのブレンダン・ケリーだった。67.97点で6位につけた。観客にとってはあまり名前を知られていない選手だが、メタリカの「Nothing Else Matters」のクラシック版を使ったSPの演技後には、大きな歓声がまきおこった。3Lz-3Tのコンビネーションや美しい3Aなど、ミスのない7つの要素に観客は拍手を送った。
ケリーはカリフォルニア州リバーサイドで、リチャード・ドーンブッシュやビンセント・チョウらのコーチでもあるタビー・ギャンビルのもとで練習している。

ゾルタン・ケレメン(ルーマニア)は4つの3回転をミスなく決め、65.52点で6位につけた。

SPの時点で、オーストラリア、ルーマニア、香港、イスラエル、ウクライナ、イタリアが、五輪の男子枠の獲得圏内にいる。

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さっそく動画をあげてくださっている方々が。いつもどうもありがとうございます!




Nebelhorn Trophy 2013 Jason BROWN SP 投稿者 Kutien
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カテゴリ:織田信成 | 10:24 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
織田信成、ネーベルホルン杯優勝!
オンドレイ・ネペラにフィンランディア杯にJPGクロアチア、日本ではMWOにJOにCaOI…。スケートイベントが目白押しの、まさに怒涛の今週末が近づいてきているっていうのに、まだネーベルかい!! という感じですね、すみません。
すっかり出遅れてしまいましたが、やっぱりこれは外すわけにはいかない!ということで、遅ればせですが…

織田くん、お帰りなさい!!! 復帰戦優勝おめでとう!!!!


殿ーっ!!! いい笑顔ですね。(ネーベルホルン杯のリザルトページは→こちら

goldenskateではおなじみのフィギュアライター、タチアナ・フレイドさんが、この大会のまとめ記事を書いていらっしゃいました(9月30日付)。ここから織田くんにかかわる箇所だけ抜いてみたいと思います。
元記事はこちら→2012 Nebelhorn Trophy by Tatjana Flade

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2012年9月27-29日、ドイツ・オーベルストドルフの Eislaufzentrum Oberstdorfで、第44回ネーベルホルン杯が開催された。毎年開かれている国際シニア大会であり、31の国からおよそ100人/組のスケーターが男子、女子、ペア、アイスダンスに出場した。

【男子】 日本の織田信成には朝飯前だった。織田は2位に20点以上もの大差をつけて、圧勝の金メダルだった。銀はロシアのコンスタンチン・メンショフ、銅はアメリカのキーガン・メッシング。

【SP】 怪我による長期休養明けの復活を、織田は勝利で祝った。4Tでは転倒したが、すぐに立て直して大きな3Aと3F-3Tを着氷。SPの音楽はKamenの「The New Moon in the Old Arm’s Moon」。すべてのスピンでレベル4を取り、79.64(技術点42.86 構成点37.78)をマークした。

「この大会に出るのをとても楽しみにしていました。4Tについては緊張してましたけどね」25歳の織田はそう言った。「でも、技術的にはずいぶんよくなっていると思います」
昨年11月のGPフランス大会後、ひざの故障から回復するまで3か月にわたって休養を余儀なくされた。
「ひざは腫れていました。手術の必要はなかったけれど、治るまで時間をかけて待っていなくてはなりませんでした」

【フリー】 織田は新しいフリープログラム(音楽は「魔法使いの弟子」サウンドトラック)を初披露した。4Tはステップアウトだったが、2つの3Aと、両腕を頭の上にあげるループを含む5つの三回転ジャンプを次々ときめた。目立ったジャンプミスは1回転になってしまったフリップだけだった。2つのスピンでレベル4、ステップとチェンジフット・キャメル・スピンではレベル2。153.69 (技術点75.25 構成点78.44)でフリー首位。総合233.33で優勝した。

「小さなミスをたくさんしてしまったので、自分の演技には満足してません。でも、トップ選手たちと戦える場所に戻ってこれてうれしいです。(GPSは)カナダ大会とロシア大会に出場します。表彰台に上がって、ソチで開かれるファイナルに進出できることを目標にしています」



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ライターのタチアナさん、なんと現地で各選手の動画を撮影してYoutubeにあげてくださっています。すばらしい!ありがとうございますー。ではさっそく織田くんのSPを。



SPはもう1本、トム・ディクソン振付のがあったそうですが、結局こちらのローリー・ニコル振付のほうを選んだのですね。曲は「The New Moon in the Old Arm’s Moon」。
最初の4Tはもう少しで成功でした、惜しかった!でもそのあとはほぼ完璧。スピード感すごいし、スピンはやっぱりうまい!壮大な曲にのって、体全体を使った大きな振りがいいですねー。(ハイキックは絶対使ってくるのね、ローリーw)
珍しくフリルふりふりな衣装ですが、織田くんが着ると女性的にはならず、なんとなく森の妖精みたい。


織田くんフリー(こちらはpianomaya65さんという方の撮影。感謝します!)


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