ネイサン、おめでとう。 2017全米

ううう、ネイサンの全米選手権フリー、今日やっと見れました。

珍しく仕事が重なってしまった上に雑事も山積みで、今年は全米も全カナダもほとんど見れていないのです。リア充友人からSNSメッセージが来たついでにユーロが今日からだと知る始末…orz

去年もこの時期に入院しちゃったんですよね。1年のほとんどは暇こいてるというのに、フィギュア的にクライマックスのこの時期に限って仕事が重なるのはなぜなんだ(;_;)

 

…というわけで、遅ればせにもほどがあるけれど、ひと言おめでとうを書いておきたくて。

 

ネイサン、初の全米シニアチャンプ、おめでとう!!きらきら手ぴのこ:)ヤッタvき

 

思えば私が初めてネイサンにイッツフォーリンラブ!したのは、初の全米ジュニアチャンプになった2012全米のエキシだったのでした。

 

 

Jスポで放送されたエキシで、並みいるシニアたちの中でこの少年が一番キラキラ輝いて見えたんですよね。ジャンプはカリッとcrisp!だし、スケーティングは綺麗だし、音感は抜群だし踊れるし、かといって変にませてなくて、洗練されているんだけどすごく素直な演技だなあと。今見ても才能をビシビシ感じるし、第一かわいい^^

翌シーズンにJGPデビューすると、初戦で圧勝。そのまま王者街道をつっぱしるかと思いきや、成長期にともなう足の怪我やらインフルで高熱やらで不本意だった数シーズン。やっとやっと、去年の全米で実力を開花させたと思ったら、骨折…。とうとう世界ジュニアチャンプになる機会を失ったときにはさぞ悔しかっただろうなあと思います。(もちろん今年も年齢的には世界ジュニアに出られるけれど、シニアトップクラスとなってしまった今はもうありえないかな)

今となっては、2013福岡JGPFでジュニア時代のネイサンを生で見れたのが懐かしい…。あのときは3Aですっころんでばかりだったし、演技も内向的な印象だったネイサンが、とうとう全米チャンプに! 感慨深いなあ〜。よくがんばったなあ。

 

 

アメリカのNBCがすてきな動画シリーズをアップしてくれたので、記念に貼らせていただこうと思います。

 

 

「10歳のネイサンから17歳のネイサンへ」初めて全米ノービスチャンプになった2010全米エキシですね。フリーで1ミスしちゃったのが悔しくて、エキシでフリーをまるまる滑ってノーミスしたんですよね。やっぱり根っから勝ち気。

 

 

 

ネイサン「氷に足を踏み出すと自然にグライドする感じが最高。難しいジャンプを着氷すると病みつきになって、もっと跳びたくなるんだ(笑)」

 

 

 

全米SPフル動画。実況「来年の五輪でアメリカ男子が金メダルをねらえるとしたら…プレッシャーはかけたくないが、そんな期待がかかるこのネイサン・チェン」(゚∀゚;)

 

 

 

10歳のときのインタ。激カワな中にすでに将来の事件性を予見するものが…。女性「どのオリンピックであなたが勝つのを見られるかしら?」「ええと…2018年です」(゚∀゚)

 

 

 

ネイサンのプロモビデオみたいな動画。すっかり大人になりましたねー。「僕は基本的にシャイ。だけど氷の上にいるときはまったく違うクールな感覚になる。そうなれるのはスケートだけなんだ。GPFの演技は僕にとって大きな到達点だった。シーズン後半にむけてちょっとプレッシャーにはなるけど、大きなモチベにもなる。僕の一番のゴールは全米、世界、五輪のタイトルを取ること」

(7年前の「五輪で勝つとしたらいつ?」「2018年です」の動画を見ながら)「全然忘れてました(笑) あれから7年後に今みたいになってるなんてクレイジーですね。1試合1試合を五輪への大切なステップとしてとらえていきたい。この全米を勝てる力はあると思います」

最後のラファの "He wants it so bad. He wants to be a champion."(彼はそれをすごく欲している。彼はチャンピオンになりたいんだ)がドラマチックすぎて怖い(゚∀゚;)ですが、いい動画だなあ〜。

 

 

 

全米フリー。ジョニーが「クワドとか最高点とかといったものに加えて、彼はアーティストだ。誰をも惹きつける。彼の目、表情…すべてを持っている」と言ってますが、見るたびにワクワクさせてくれる、この強烈な磁力はものすごいものがあります。

 

 

ネイサンの時代が来るとしたら平昌以降から北京五輪になるかなと思ってましたが、強いスケーターというのは凡人の予想をはるかに超えた進化を見せますよね。ジャンプか表現かという論争など軽く蹴飛ばす進化っぷり。どこまで行くのか楽しみに見せてもらいたいと思います。くれぐれも体のケアだけはしっかりやっていただいて。

とりあえず、今回はブラッシュアップしていたというステップが5クワドの影に隠れちゃった気がしたので、四大陸ではその辺にも期待しつつ…それができたら本当に異次元ですけど!

では、仕事に戻ってきますーーー(-_-)(-_-)(-_-)

 

 

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アダム・リッポン、カミングアウト「僕はずっと自分に正直に生きてきた」
今週末、フィンランディア杯で今季の初戦にのぞむアダム・リッポンくんが、ゲイであることをカミングアウトしました。米国スケート連盟が刊行しているスケート誌『SKATING』最新号のインタビューで、この発言が出たのだそう。この最新号はまだ刊行されていませんが、Icenetworkにちょっとさわりというか、おおまかな内容がアップされていました。

元記事はこちら→Rippon comes out as gay in SKATING magazine Posted 10/2/15 by icenetwork



「リッポン、『SKATING』誌でカミングアウト」
〜僕はずっと自分に正直に生きてきた

全米選手権で2度銀メダルに輝いたアダム・リッポンが、雑誌『Skating』の10月号で、自身がゲイであることを明らかにした。

リッポンは、親友でもありトレーニングメイトでもあるアシュリー・ワグナーとともに、この号の表紙を飾っている。インタビューの聞き手はエイミー・ローズウォーター記者。幅広い話題にわたったインタビューの中で、リッポンは自分の性的指向を公に語った。

「ゲイであるからといって、僕がどんな人間か決まるわけじゃない。僕を定義づけているのは、僕が母にいつも言われていたこと――どんな人にも尊敬をもって接し、いつも努力家であり親切であること。それが僕という人間なんだ」

この話題が出たのは、ローズウォーター記者がワグナーにある質問をしたことがきっかけだった。2014年ソチ五輪の前に鳴り物入りで施行された「反ゲイ法」に対して、ワグナーが毅然とした態度を取ったことがあった。
(*プーチン大統領が成立させたロシアの「同性愛プロバガンダ禁止法」について、ソチ前の微妙な時期にほぼすべてのフィギュア選手が沈黙する中、アシュリーは記者会見で、「自分の家族や友達にもゲイやLGBTの人たちがいる。私たちはみんな同じ権利を持つべきです」と、この法律に反対であることをはっきりと表明しました)
それについてワグナーに質問したとき、リッポンが、じつはソチ五輪の前にカミングアウトしようと思ったことがある、と明かしたのだ。

「そう、じつは考えてたんだ。米スケート連盟が僕の決断に協力しようとしてくれたことに、僕はすごく感激したよ。所属している連盟が味方になってくれたこと、彼らが選手をあるがままの人間として、それぞれの人格として受け入れているのだと選手たちに示してくれたことは、ものすごく大きな意味をもつことだ。僕ら選手たちは競技するとき、その組織の代表として全力を尽くしたい、本当の、正真正銘の自分として戦いたいと思っている。それが可能なのは、自分自身に正直でいるときだ。僕もみんなのよき先例になりたいと思ったんだ」

リッポンによると、さまざまなライフスタイルを支持する今の潮流が、今回の決断を後押ししたという。
「今は2015年だよ。ますます多くのアスリートたちが自分をオープンにしたいと願ってる。自分が誰であるか、自分が何に関心があるのかについて、よりオープンにしていくのが今のカルチャーなんだ。もちろん、人々は誰かの性的指向がどうとかってことに興味を持つものだけどね。人間は噂が大好きだから」

「今はアスリートたちが次々とカミングアウトをして、ゲイだと公表してくれている。そのおかげで、新たにカムアウトすることが珍しいことでもなければ、大騒ぎすることでもなくなっているんだ――少なくともアスリートのコミュニティの中ではね。仲間のアスリートたちに敬意を抱く理由は、彼らが目標に向かって努力を続けているから。彼らの性的指向なんて二の次なんだよ」

リッポンは昨シーズンの全米選手権では、これまでの彼の最高順位に並ぶ2位となった。2015-16シーズンのスタートは、来週のフィンランディア杯で切る予定だ。

リッポンは『SKATING』誌にこう語った。
「僕はただ、いいお手本になりたいと思っているだけなんだ。これまでずっと自分自身に正直に生きてきた。僕は一生懸命努力しているし、自分がしていることを愛しているんだ」

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アダムがゲイではないかというのは、たぶんフィギュアファンなら多くの人が思っていたんじゃないかと思います。それにしても、ソチ五輪の前にカミングアウトしようと思っていたとは知りませんでした。そして、米国スケート連盟がそれに協力しようとしていたことも。
結局カミングアウトしなかった理由はこの記事には書かれていないけれど、以前ご紹介した彼のスピーチによると、全米選手権で大敗しソチ五輪を逃してしまったことで、もうスケートをやめたいと思うほど深い絶望に突き落とされていた時期なので、カミングアウトどころではなくなってしまったのかもしれません。
アシュリーが「反ゲイ法」について勇気ある発言をしたことは、当時アメリカではフィギュア関係以外のメディアにも大きく取り上げられていました。そのため、ゲイと思われる他のフィギュア選手に対して非難の言葉を投げつける人たちもいました。私も偶然ツイッターで、一般人と思われる人がアダムに「おまえもゲイならなんで黙っているんだ?」と言いがかりをつけているのを目にしたことがあります。
そういうコメントをアダムがどのくらい目にしたかは知る由もないけれど、本気でカミングアウトを考え、ソチを逃して絶望している時期に、ずいぶんつらいこともあっただろうなというのは、何もわからない私でも想像はつきます。
今こうしてカミングアウトできたのは、彼が失意から立ち直ってスケーターとして自信を取り戻したからでもあるかもしれません。もちろん、スケート界でもジェフやエリック・ラドフォード選手が同性婚を公表したりして、勇気をもらったということもあるでしょうし。それにしても現役選手としてカミングアウトに踏み切ったのは、とても勇気あることだと思います。一昔前はジャッジの心証が、ということもあったけれど、今はさすがにもうそんなことはない…と信じたいです。
それともうひとつ、大親友のアシュリーの存在も大きかったのかな、と思うんです。いつもあまりにも仲良しのアダムとアシュリーに、SNSで「2人は付き合ってるの?」と質問する人もたくさんいました。
今回のアダムのカミングアウト報道を受けたアシュリーのツイート。
  「いろんな噂が出てるみたいだけど、ここではっきりしとくわ。私たち、まだ付き合ってるわよ〜😂❤」

ええ〜っ?またまた〜!(゚∀゚)っていうリアクションをするしかない軽〜いノリ。この軽妙洒脱で、ユーモアたっぷりで、ちょっぴりセクシーで、それでいて相手への愛とリスペクトをすごく感じる2人の友情が、アダムにとってとても力になっているような気がするのです。

『SKATING』誌のメイキング動画を米スケ連がアップしてくれました。アシュリーに「あなた、この撮影のために香水つけたの!?」と言われて、「そうだよ、体が臭かったらこの撮影はできないよ〜」と言うアダム。本当に絵になる2人ですね。
初戦のフィンランディア杯でいいシーズンデビューができますように!



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ネイサン・チェン 今季の目標はJGPFとシニアワールド!@Golden Skate
えーと……約1か月ぶりの更新です(;_;) 旧シーズンにはこんなヘタレブログを訪れていただき、誠にありがとうございました。ああ、旧シーズンの名シーン振り返りとかお気に入りプログラム特集とかやりたかったのにできなかった…涙
今シーズンはもうちょっとがんばりたい(って毎年言ってますが…)と思っていますので、今シーズンもどうかよろしくお願いいたします<(_ _)>

さて、ネイサンです。先日新フリーを披露したばかりの、アメリカの神童ネイサン・チェン。彼が苦難に満ちた昨シーズンを振り返り、今シーズンへの意気込みを語った記事がGolden Skateにアップされました。新フリーの振付はあの方だったのね…。

元記事はこちら→Glacier Falls next stop for Nathan Chen



「ネイサン・チェン、次のステップはグレイシャー・フォールズ」

2014年世界ジュニア銅メダリストのネイサン・チェンは、この1年、不運と度重なる怪我に悩まされてきた。それでも彼は、品位と強い意志をもって昨シーズンを乗り切り、全米選手権ではシニアデビューも果たした。

ラファエル・アルトゥニアンとナディア・カナエバをコーチとしているチェンだが、去年の夏からずっとかかとの怪我を抱えている。昨シーズンの前半には、さらに腰と背中をつなぐ筋肉も捻挫してしまった。この結果、JGPクロアチア杯では2位になっていたものの、予定していたもう1試合を棄権することになった。シーズン後半に備えて時間をかけて怪我を癒すためだった。
「左足のかかとの内部にある成長板(growth plate)が、まだ完全には閉じきっていないんです」とチェンは話す。「ジャンプを跳ぶたびに…特に4Tを跳ぶたびに、この成長板にかなりの負担がかかって、少し開いてしまうんです。疲労骨折に似た状態です」

不運なことに、このかかとの怪我は、初めてシニアとして出場した2015年全米選手権の1週間前になって、さらに悪化してしまった。
「全米の2週間前にはかなりいい状態で、自信もあったんです。曲かけでもすごくうまくいっていました。ところが突然、痛みが悪化してしまって。その翌週には、試合に出れるかどうかさえわからない状態でした。“ここまで頑張ってきたじゃないか、なんとか滑りきるんだ”そう自分に言い聞かせました。もう順位どうこうではなく、ただ試合を最後までやりきることだけを考えていました」

グリーンズボロで行われた全米選手権では、SP、フリーともに構成を落としたプログラムでのぞんだ。シニアデビューとなったこの大会、結果は8位だった。
「あれ以上の演技は僕には無理でした」この5月に16歳になったばかりのチェンは、そう話す。「痛み止めのせいで気分が悪く、何度も吐いていました。そのせいでエネルギーをかなり失ったような気がしていたんです」

全米後は2週間の休養をとったが、2015年世界ジュニア選手権のために必要な練習ができるレベルまでには回復できなかった。前年の2014年世界ジュニアでは銅メダルに輝いている。
「タリンに到着した頃には、体調的にはまずまずだったんです。ところが、腰と背中の感覚は悪くなかったけれど、かかとはダメでした。試合にのぞむのに十分な状態ではないことはわかっていました。医者にトゥジャンプとアクセルとサルコウは跳ぶなと言われていたので、全米から世界ジュニアまでの間、それらのジャンプの練習はほとんどできていなかったんです」

精神的には全米前より上向きではあったものの、身体的には万全とは言えない状態だったという。
「正直言って、世界ジュニアで勝ちたいと思っていました。でも100パーセントの状態ではなかったから、勝てないだろうとわかっていたんです。このときもまた、試合を乗り切ることが目標になってしまいました」

SPでは、3A転倒と3F-3Tの3Fにエッジエラーがついたものの、堅実な演技を見せた。2つのスピンとステップでレベル4を獲得して、69.87でSP9位につけた
「3Aの前はばかみたいに慎重になっちゃいましたね。フリーでは順位をねらえないことはわかっていたけど、SPよりいい演技がしたい、それだけを考えていました」

フリーでは、1つ目の4Tはステップアウト、だが次の4T-2Tはなんとか着氷した。その後6つの3回転ジャンプをすべて降り、質のよいスピンとステップを決めて、143.98でフリー4位。総合213.85点、表彰台まではわずか1.6点だった。
「あのフリー演技にはかなり満足しています」チェンは、試合を乗り切ってほっとしたという。「本当に大変なシーズンでした」

世界ジュニア後まもなく、チェンはコロラドスプリングスにあるオリンピック・トレーニングセンター(OTC)を訪れた。ここで4週間みっちりリハビリをおこなうとともに、強化トレーニングを受けたという。
「もう昨シーズンのことは忘れて、新シーズンに向けて前に進みたかったんです。ひとつ学んだのは、基盤をしっかりしなきゃならないということ。また、怪我をしないためには、練習や試合のときに十分なウォームアップとクールダウンが必要なことも学びました。僕はOTCに行くまでは体力を強化する環境なんてゼロに等しいぐらいだったけれど、今は体力トレーニングを実践・指導してくれる人がいます」

世界ジュニア以降、身長が6センチ以上も伸びたという。かかとの成長板の怪我は今後約1年で完全に治るだろうと、チェンは考えている。現在おこなっている練習について聞くと、次のように話した。
「今はすべてのエレメンツの改良と、表現面での向上を目指しています。ジャンプは全種類跳んでいますが、特にアクセルをたくさん練習しています。もうひとつ強化したいのはスピードです。スピードを出すことができれば、演技構成点もちょっと上がるんじゃないかな」

新シーズンのプログラムについては、SPは昨年の〈マイケル・ジャクソンメドレー〉(「Smile」と「Smooth Criminal」ナディア・カナエバ振付)を継続する予定だ。新フリーはサンサーンスの交響曲第3番「オルガン付き」、ニコライ・モロゾフの振付だ。
「ニコライがこの曲を選んでくれました。プログラムを練習しながら、曲をどんなふうに解釈できるか、楽しんでやっているところです。最初はちょっと地味な曲かなと思ったんですけど、今はとても気に入っていますよ。滑るたびに曲にどんどん入り込めている気がしています」

この新フリーを、先日おこなわれた2015年ブロードムア・オープンで初披露した。この大会でチェンは優勝したが、今シーズンの初試合だったため、SP・フリーともに構成を落としてのぞんだという。SPでは4T-3Tと3Lzを決めたが、3Aは転倒した。フリーには6つの3回転ジャンプのほかに4Tと3Aを1つずつ入れた。
「僕にとって今季第1戦だったから、自分の演技には満足しています。もしこれが世界レベル、国レベルの選手権試合とかだったら、もちろん今回の演技では全然満足していなかったでしょうけどね。振付の先生方のおかげで、SPもフリーもよく考えられたプログラムになっていますが、まだすべての面を修正しなくてはならないし、その後、難しいエレメンツを加えていく予定です」

チェンの次の試合は、今月下旬にカリフォルニア州アナハイムで開催されるグレイシャー・フォールズ(Glacier Falls)だ。
今シーズンの目標を聞くと、チェンはこう答えた。
「今年はシニアの世界選手権に出られたらいいですね。もっと実質的な目標としては、JGPFには絶対に出たいと思っています。1シーズン通して健康体でいること、そして自分の実力をすべて発揮できるシーズンにしたいです」

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kyu 本当に、本当に、大変なシーズンだったんですねぇ。
成長板というのは骨の先端にある「骨端(こったん)軟骨」のことで、骨が成長し続けているうちはこの部分が開いていて、痛めやすいのだとか。あと1年で成長期も止まってくれるだろうと、ネイサン本人は考えているようですね。



ものっすごくキツかったという今年の全米でのSP。演技が終わってキスクラに向かうとき、「おえっ」ってなっているように見えますが、痛み止めの副作用だったんですね。
でもこのSP、彼の音楽性や天性のリズム感が生かされた、とても楽しいプログラムなので、継続はうれしい。このときはクワドも3Aも抜いていますが、体調が万全ならここに高難度ジャンプがびしびし入ってくると思うと、わくわくします。

ついでに、この全米でのフリー。この体調でここまでやるとは! 彼のガッツの強さをまざまざと見せてもらいました。演技後アルトゥニアンに「You're a man!」(よくやった!おまえは男だよ!)って言われてますね(;_;)



そして、音声があまりよくありませんが、ブロードムア・オープンで披露された今季の新フリーです。衣装は旧フリーのものですね。



個人的な第一印象は…「全然印象に残らないわ、これ…」(ううう、ネイサンくん、ごめんなさい)
昨季のショパンでも、アメリカでは「エレメンツだけで演技が棒」なんていう声もあったのに、なぜもっと地味な曲を選んだの?と思っていたら、モロゾフの選曲・振付だったとは!
モロゾフにとっては久々の有名シングル選手の振付じゃないでしょうか? それにしてもネイサンとモロゾフってなんだかイメージ対極なんですけど。変衣装で顔なでするネイサン? モロゾフと熱い抱擁をかわすネイサン? うーんうーん…。
おそらくまだエレメンツ確認が主な目的だったのでしょうし、SPと対照的なプログラムをという意図もあるんでしょうね。それにしてもネイサン自身が最初に感じたという言葉どおり、 bland(地味な、味気ない、つまらない、といった意味^^;)な印象…。
しかし! きっとこれから凝り凝りの振付をどんどん入れてくるんでしょうし、モロゾフと組んだ意図も今後明らかになってくるに違いないわ!! というわけで、今後の進化を楽しみに待ちたいと思います。
まずはステイ・ヘルシー、無病息災で! そして念願どおりJGPF進出を果たせるよう、JGPでの戦いぶりに注目していきたいと思います。早くエントリー出ないかなあ〜。

アメリカのSun Valleyで7〜9月に開催中のショーに出演したネイサン。昨季のエキシかな?衣装は安定のシンプルカジュアル(写真はこちらから)


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アダム・リッポンくんロングスピーチ全文
あああ、ひと月以上ブログを放置してしまいました。仕事やら何やらで上海ワールドの前あたりから時間がまったくとれず、そうこうしてるうちに今季の競技も終了。スケーターさんも世のスケオタさんもどんどん先へ進んでいるというのに、国別の録画もほとんど見れてないし、買ったスケート誌も読めないまま積みあがっていくばかり…。
そんなていたらくなのに、その間、訪れてくださった方には本当に申し訳ありませんでした。忘れずにいてくださってありがとおおおお〜ううう(;_;)

で、やっと少し時間が取れそうなので、過去に気になってはいたけれど翻訳できなかった記事も含め、ぽつぽつ訳していきたいと思います。とっっっくに既出で、いまさら何?という記事もあるかと思いますが、自分的にカタをつけておきたいという気持ちもあり…どうかお許しくださいまし<(_ _)>

さて、そんなリハビリからの復帰第1弾は、アダム・リッポンくんのスピーチです。アダム、5月2日に米国スケート連盟主催のディナー・パーティの席上でスピーチをしたんですね。その場に出席していたらしいアンジェラ・ワン選手がこんなつぶやきをしていました。
  「アダム・リッポンのスピーチに感動のあまり涙。なんてことなのよ。」

そのスピーチの全文がアダムの公式ブログに掲載されています。聞きやすいように短いセンテンスに区切りながら、わかりやすい言葉を選んで話しています。かなり長いですが、ひとりの選手がオリンピックにどれほどのものを賭けているのか、ひしひしと伝わってくるスピーチです。

英語全文は→こちら



2015年5月2日、アダムは米国スケート連盟のGoverning Council(運営評議会)で開かれた「アスリートとOBのためのディナー」の席でスピーチをおこないました。アダムは去年から米スケ連のアスリート諮問委員会(Athletes Advisory Committee)の一員になっていますが、その委員会のピラー・ボスリー議長の依頼を受けたものです。以下はスピーチ全文。これまでの彼のスケートの歴史が、彼自身の言葉でまとめられています。

*     *     *     *     *

今夜、ここ、Governing Councilでスピーチをする機会をいただけて、とても光栄に思っています。僕はこれから、オリンピックについての自分の夢と、それが今の自分にとってどんな意味を持つのか、話してみたいと思います。ここまでの1年間は、まさにジェットコースターのよう(にアップダウンの激しいもの)でした。けれども、その中から自分自身についてたくさんのことを学びました。そんな僕の物語をお話ししたいと思います。僕がスケートを始めた頃からずっと親しくさせていただいている皆さんの前で、今日このスピーチができることは、僕にとって本当にすばらしいことです。

僕は6人兄弟の一番上です。母はシングルマザーです。僕が他の選手とちょっと違うのは、僕の家族にはフィギュア界に関わりのある人間が誰ひとりいないこと、それでも僕はフィギュア界にいる、ということなんだと思います。
僕がスケートを始めたのは、10歳の誕生日を迎える直前でした。僕はもともとペンシルバニア州生まれなので(家族は今でもここに住んでいます)母は毎年、僕らをスケートに連れていくのが常でした。僕はそれが大嫌いでした。無理矢理リンクを2週させられて――それだけで約1時間もかかってしまうんですが――その時点で僕はもう、母にソフト・プレッツェルと温かいココアを買ってよ、とおねだりしていたんです。
何かが変わったのは1999年の冬のことでした。もしかすると、いわゆるミレニアム騒動のせいだったのでしょうか? 理由はわかりませんが、この冬、何かが起こって、僕はリンクから離れられなくなったんです。あまりにもスケートが好きになってしまい、誕生日のプレゼントとして、地元のリンクのスケートクラスに通わせてもらうことにしたほどした。

ここで何年か早送りします。初めて、自分はオリンピックへの夢に近いところにいるんだ、と実際に感じたのは、最初の世界ジュニアのタイトルを取ったときでした。それまで努力してきたことが、すべて報われた気がしたんです。たぶんこのときやっと、人々が僕の母のことを、「わが子を長年、家の外で生活させるなんて頭がおかしいんじゃないだろうか」と思わなくなったんだと思うし、父が息子にとってスケートは趣味ではないんだと初めてわかったのも、このときだったと思います。自分でも、僕は夢にむかって正しい道を歩んでいると感じられた時期でした。
翌年、世界ジュニアで2度目の優勝をすると、その次の年にはバンクーバー五輪の補欠に選ばれ、四大陸選手権で初優勝し、世界選手権では6位入賞を果たしました。



その後の4年間は僕の時代になるはずでした。そのままソチの表彰台まで波に乗っていけるんだと思っていました。バンクーバーの次のシーズンには、最初の試合となったジャパンオープンで、エフゲニー・プルシェンコと高橋大輔を抑え、男子部門で優勝しました。
その後の4年間は僕のものになるはずだった。ほかの誰でもなく自分がその責任を負っているんだと感じていました。その時期、僕は初めて、試合に出るたびに自分がメダルの最有力だと感じるようになったのです。それまでとは全く違うプレッシャーがありました。みんなをがっかりさせてはいけない、それが自分の義務なんだと感じていました。みんなが期待するような結果を出せなかったら、それは惨敗なんだと思うようになりました。試合でひとつでもミスをしたら、家に帰って、何が悪かったか考え込むようになりました。僕は自分が、人々が僕に対して持っているイメージを裏切っているように感じました。たくさんの不安を抱えながら、それを誰にも打ち明けることができなかったのです。

その後の約2年間は浮き沈みがありました。それでも、次の五輪シーズンが来る頃には、すべてがいい方向に進みつつあるように思えていたんです。そのシーズンのGPSで、初めて試合で4回転を降りました。スケートアメリカでクワド・ルッツを、NHK杯でクワド・トゥを降りたんです。練習でも何もかもうまくいっていました。けれども、コーチのラファエル・アルトゥニアンに、全米選手権まであと2週間というときに、僕がもう固くなり始めていると指摘されてしまったんです。
その年の全米は、僕にとって転換点になるはずでした。ショートもフリーも完璧に滑って、タイトルを取り、初の五輪行きを決めるはずでした。「全米でノーミスで滑るんだ」と、本当に強く思っていたんです。とにかく自分が完ぺきな演技をすることにものすごくこだわっていた。だから、実際に滑っている最中、その夢が自分の指の間からこぼれ落ちていくのが、比ゆ的な意味でも、また文字通りの感覚としてもわかってしまいました。
2014年の全米選手権は、僕がそれまで経験した中で最悪の試合になりました。全人生をかけてオリンピックの出場権を得ることを目指してきたのに、あのざまだった。オリンピックチームの一員になると誓って4年、僕はオリンピックの夢を絶たれ、自分の演技を恥じていました。フリー後、自分が大失敗してしまったと知りながら、キスクラでラファエルの顔を見たときのことを覚えています。
その後3日間、僕はずっと泣いていました。人生で一番大事な試合が終わってしまって、たくさんの友人たちがオリンピックをつかんでいくのを眺めていた――そのとき、はっきりとわかったんです。僕は彼らと一緒には行けないんだと。
 
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2015全米選手権男子 超個人的ハイライト
もうスケートファンの皆様の関心はユーロと国体に移っているというのに、相変わらずノロノロ運転の当ブログです(笑)
思えば、あのソチ選考をめぐって涙涙涙…だった2014全米選手権から、もう1年経ったんですね。なんだか早かったような、遠い昔の話のような…。

今年もJSportsさんには、男女シングルだけですが完全生中継していただき、本当にありがたいことでした。男子フリー放送しょっぱなの「ネイサン・チェンが棄権」情報には度胆を抜かれましたよ! その後「棄権を検討中」→「棄権はしない」に変更されましたが、棄権の可能性について伝えたのはおそらく米スケ連やアメリカで生放送していたNBCよりも先だったと思います。ネイサンがどの時点で出場を決めたのかはわかりませんが、おかげで『バックステージで緊迫しているネイサンとアルトゥニアンコーチの図』を妄想しながら、一層ドラマチックなテレビ観戦になりましたよ!




男子は今年も見どころいっぱいの熱い戦いになりましたが、私的にもっともアツかったのはアダム・リッポンくんでした。
直前に変更した新SP「Nyah」もドハマリでしたし、なんといってもクワドルッツ! SPでもフリーでもクリーンには決まらなかったものの、全体的にクワドレスなアメ男子の中で、彼の攻める姿勢は際立ってました。
そして……このフリーの曲は私にとっては小塚くんを連想せざるをえないんです。小塚くんがめちゃくちゃ強かった2010-11シーズンの「リストのピアノコンチェルト」。リッポンくんもソチ五輪を逃してしまった後、引退寸前までいったんだそうです。この2人がソチ後のシーズンのナショナルで、ともに渾身のガッツポーズを決めたのは、とても偶然とは思えないのです。スケートの神様っているんですね…。



(ちなみに小塚くんの2011ワールドのリスコン。今さら言ってもしょうがないですけど、この演技にこのPCSって低すぎでしょ…)

個人的「ワクワクしたで賞」はネイサン・チェンくんのフリーでした。
成長にともなう足の甲の炎症。さらに痛み止めの飲みすぎでSP当日は1日中吐いていたそう。それでも、フリーでは3Aは抜いたものの4Tに果敢にトライ(下の動画のタラ・リピンスキーのコメントによると、SPでもクワドを入れるつもりだったけれど、演技3分前に入れないと決断したそうです。SPもフリーもギリギリの判断だったんでしょうね)。マインドの強さと、そんなコンディションでも3回転はURもなく質良く降り、ステップもスピンも見ごたえ十分という技術力の高さが、本当にすごいです。
演技後いつも無表情なネイサンですが、今回は強い意志で苦痛を隠そうとする顔に見えました。リンクサイドに戻ってきたネイサンを抱きとめたアルトゥニアン・コーチが、「You're (the) man(きみは男だ)」と言っています。




そして私的ハイライトは……なんといってもジョシュア・ファリスくんでした!



SP「ギブ・ミー・ラブ」(振付ジェフリー・バトル)の、なんて甘美なこと! ジョシュアってジュニアのころからクワドを跳んで、ステップもスピンも曲表現も上手いオールラウンドな選手として定評があったのですが、なんとなく生真面目すぎるというか、物足りなさを感じていたんです。(つくづく見る目がなかったです…汗)ところが、何なんでしょう、醸し出されるこのロマンチックな艶やかさは?
デビッド・ウィルソンはハビエル・フェルナンデスくんについて、「スター俳優みたいな雰囲気を持っている」と言ってましたが、きっとジェフはジョシュアに若い頃のジョン・メイヤーみたいなイメージを抱いているに違いありません! ジョシュアが持つナイーブなアメリカ青年的な雰囲気と、彼のなめらかなスケーティングが、柔らかなアコースティックボイスにめちゃめちゃフィットしています。凝ったポジションのスピンも、曲の雰囲気を壊すことなく、かえって深めているのがすばらしいです。
タラ「出だしでもうこの振付が大好きになったわ」 ジョニー「この音楽そのものがジョシュって感じがするね」
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ナムくん カナダ王者に!!! 2位ジェレミー・テンくんコメントも少し。
ケビンのSP崩壊→棄権というショッキングな幕開けとなった、今年のカナダ選手権…でしたが、ナムくんやりました!
戦前から優勝候補とは言われていたけど、SPでノーミス、フリーもさらっと4S決めてノーミス。完全優勝で16歳のカナダ王者誕生です! ナムくんおめでとう〜!!! の気持ちをこめて、CBC Sportsの記事から男子部分のみ訳しました。

元記事はこちらです→Nam Nguyen, Gabrielle Daleman win 1st Canadian senior titles
最後に、ジェレミー・テンくんのコメントにも泣笑い…(;_;)




土曜日、カナダ選手権で優勝したナム・ニューエンが、記者たちと話をしているときだった。突然、パトリック・チャンがひょっこりやってきて、ニューエンに握手をした。
「最高だったよ、バディ(buddy=きみ、相棒)。よくやった」チャンはそう声をかけた。

チャンは長い間、カナダの男子シングルを支配してきた。去年までカナダ選手権を7連覇している。だがこの土曜日の夜、16歳のニューエンが、ほぼ完ぺきな演技で2位以下に30点以上もの大差をつけて、自らの登場を高らかに宣言したのだった。

「みんなに“次のパトリック・チャン”と呼ばれるのは、ものすごく光栄なことだと思ってます」とニューエンは言った。「でも、もう自分をそう呼ぶことはないかな。だって、僕らはもう同じレベルに立ったわけでしょ? 僕はもう彼の競争相手ですよね」

トロント生まれのニューエンは、このシニア初優勝で、ジュベナイル、プレノービス、ノービス、ジュニア、そしてシニアと、すべての階級で優勝したことになる。

「ジュベナイルで優勝した8年前から、この時を夢見てきたんです。ジュベナイルからシニアまですべての階級でナショナルタイトルを取れたことは、すごくクールだと思います。これって僕が初めてですよね」

ニューエンは、フリーの冒頭で美しい4回転サルコウを降りると、残りの8つの3回転もすべて決めて、総合256.88点をたたきだし、チャンのいない男子シングルで圧勝した。世界選手権を3連覇したチャンは、今季は休養し、自分の将来について考えているところだ。

2位はジェレミー・テン(222.58点)。3位のリーアム・フィラスをわずか0.18点差でしりぞけた。

このカナダ選手権で、3月に上海で開催される世界選手権の派遣選手が決まる。カナダの出場枠は男子と女子が各2枠、アイスダンスとペアが各3枠だ。

ニューエンは、去年の世界選手権で12位につけた経験は、これからの自分の役に立つだろうと話した。
「ああ、そうですね。でも正直言うと、ワールドに出るよりもこのカナダ選手権に出るほうがずっとプレッシャーだったんです。だから、ワールドに出られるのはすごく楽しみだし、緊張はほとんどないですね」

一方、2位のジェレミー・テンは、得点が出たとたん感情の嵐に見舞われた。テンは今季を「ボーナスシーズン」と呼んでいた。もう1シーズン競技を続けることを決めてのは、去年の6月になってから。そこで、数々の怪我や不振に見舞われてきたキャリアに終止符を打とうと決断したのだ。

「あの時は、まるで全世界がね……最初は聞き間違えたのかと思ったよ。でも、そのときスクリーンの得点が見えて、その瞬間思考が止まった。持っていた水筒を放り投げたことは覚えている。テレビに映っていることさえ忘れて、身体の機能をすべて失ってしまったんだ」テンは笑いながらそう話した。「少なくとも、おもらしはしなかったよ。それだけはよかったな」





「もうパトリックと同じレベルなわけでしょ?」とか言っちゃうあたりが、まさにナムくん(゚∀゚) いや、実際事実なんですが、この物おじしない現代っ子っぷり、いいですねぇ。

カナダTSNで放送された動画をアップしてくださった方が。動画主様、ありがとうございます<(_ _)>



ちょっと回転がわかりづらいですが、力みのほとんどない最初の4Sのきれいなこと! 続くジャンプもすべて、全然失敗する気がしません。シーズン始めにはちょっと棒人形っぽい印象(失礼!w)で、こういうプログラムはまだ難しいかな、なんて思っていたんですが、小芝居部分もずいぶんこなれてすっかり自分のものにしてます。やっぱり観客をひきつける天性の力がありますね〜。
最後のStSqが終わる前から、感極まったような実況が。「彼が少年だった頃から、いつの日か…いつの日かチャンピオンになる日が来るだろうと言われていました。今日がその日です!」


カナダスケート連盟(Skate Canada)がアップした優勝後のナムくんインタビューも、ちょこっと訳してみました。



『アメージングな気分です。ずっと昔からの夢を達成できたんですから。カナダのナショナル・チャンピオンになれたのは、僕にとってものすごく光栄なこと。そして世界選手権出場も決まって、すごくワクワクしています。
意外なことに、今日はとても落ち着いていました。このナショナルまでの2か月間、きっと大変なプレッシャーなんだろうなと思っていました。特に、クワドサルコウを跳ぶフリーに向けては緊張するんだろうなと。ところが、今朝起きてみると意外にすごく落ち着いて、ハッピーな気分だったんですよ。今日は一つずつやるべきことができて、今ここに立つことができました。
パトリックがお祝いに来てくれた時には、すごく光栄でしたね。スケーターとしても人としてもとても尊敬しているから。五輪銀メダリストで世界選手権を3連覇した彼から「おめでとう」と言われるのは、本当にクールだった!
今やクリケットクラブには日本王者、スペイン王者、そしてカナダ王者がいることになりました。彼(オーサー)にとって3人の教え子がそうなったことは、すごくクールだと思います。彼と僕との絆はすごく強いし、彼には本当に感謝しています』


…そしてもうひとつ、個人的にすーごく嬉しかったのは、J10ことジェレミー・テンくんの2位!



ずっと怪我に泣かされて、オリンピックも逃したJ10くんが、あと1シーズン競技を続けると決めた最後のカナダ選手権。曲は若くして亡くなったカリスマ、ジェフ・バックリーの「ハレルヤ」。
最初の2つのジャンプのミスを忘れてしまうような、心のこもった美しい演技でした。
キスクラのジョエル・マクラウドコーチの号泣が…(;_;) 僅差でやぶれたフィラスくんの横顔も、もうね…(爆泣)


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ネイサン・チェン 期待と不安の全米2015…>< icenetworkより
『日本には宇野昌摩が、ロシアにはアディアン・ピトキエフが、カナダにはナム・ニューエンが、そしてアメリカにはネイサン・チェンがいる…』(Jacky Wongさんのブログより)

各国ともジュニアやジュニアあがりの選手たちが大躍進している今シーズンですが、その中ですこーし出遅れているのが "King Nathan"(ネイサン王w)ことネイサンくん。
今季が始まる前のオフシーズンに怪我をしたと言われ、スタートが遅れてしまった模様。そのせいかどうか、JGPには1試合しか出なかったので、ファイナルも逃がすことに。でも、ここのところ調子を上げて、4回転もマスター! がぜん全米の表彰台候補に!なのに、なのに……

ネイサン、ドーンブッシュ、リッポンについてのicenetworkの記事から、ネイサンについての部分だけ訳してみました。

元記事はこちら→Tar Heel tales: Chen here for experience, not medal


も、もうちょっといい写真を選んでくださらんかのう、icenetworkさん…

「ネイサン・チェン 全米はメダルより経験を積むため」

フィギュアスケートの「専門家たち」の中には――icenetworkに寄稿している方々も含めて――15歳のネイサン・チェンが2015年全米選手権の表彰台にあがるだろうと予想している人が何人もいる。けれども、ネイサン本人は「ちょっと待って」と言いたいのだそうだ。

実際彼は、表彰台候補に自分を含めてほしくないと思っているらしい。
「僕にとって初めてのシニアの全米です」水曜午前の公式練習の後、ネイサンはそう話した。「基本的には、僕はここに経験を積むために来ているんです」

ラファエル・アルトゥニアンのコーチングのもと、南カリフォルニアを練習拠点としているネイサンだが、人々の期待が高まっているのは彼自身のせいだと言えるだろう。なにしろ、昨年11月のPacific Coast(西海岸)地区大会で、フリーで4T-2Tのコンビネーションを着氷して、総合243.89点という信じられないようなスコアをたたきだしたからだ。
地区大会と国際大会とではスコアの出方が違うだろうが、この高得点のせいで、1999年5月5日生まれのネイサンが全米で表彰台に乗り、3月におこなわれる世界選手権に派遣されるのでは?とささやかれるようになったのだ。

ネイサンはこの全米で、4Tに加えて地区大会では跳ばなかった4Sと3Aも跳ぶつもりだ。だが、左足のかかとの怪我のために、このプランを変更する可能性もあるという。
「先週の水曜日から、急に痛みが出始めたんです。成長版(growth plate)という部分に問題が起こってしまって。ここ2、3か月で身長が5〜6センチ伸びたんです」
【*おそらくですが、踵骨骨端症(しょうこつこったんしょう)と呼ばれる成長期に多い症状じゃないかなと思われます】

「今の時点ではまだ、フリーにクワドを3本――4Tを2本にサルコウを1本――と3Aを入れる予定ですけど、状態を見ていく必要があると思います。ふつうの3回転ジャンプはだいじょうぶです。クワドとアクセルだけが問題なんです」

ネイサンは10月にGPSクロアチア大会に出場し、銀メダルを獲得した。この全米では、いい演技をそろえて、3月にエストニアのタリンで開催される世界ジュニア選手権への出場を決められたら、と考えているが、これについてもそれほどこだわっているわけではないという。ちなみに昨シーズンの世界ジュニアでネイサンは銅メダルに輝いている。

「世界ジュニアに出れたらいいな、とは思っていましたけど、今はそれほど考えすぎないようにしています。特にこのかかとの怪我が起こって以降は、なんとか切り抜けたいという気持ちです」


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ガーンネコ ネイサ〜ン(;_;) また怪我ですか。うっうっ…。
ここ2、3か月で急激に背が伸びているそうで、成長にともなって出る障害だそう。ですが、よりによって全米の直前に症状が出てしまうとは(;_;)

それにしても! 少し前に出た記事では「フリーにクワド2本」となっていたんですが、なななんと3本予定しているの? ええっ? それはちょっと急ぎすぎなのでは…。ただ、怪我の状態次第で構成落としてくるかも、なんですね。
「経験を積むための全米」という言葉には、周囲の期待の中でなんとか冷静さと集中を保とうという気持ちが表れているんだと思いますが、それにしても最後の「なんとか切り抜けたいだけ」が、若干ちょっとかなり心配です…>< 


昨年11月の地区大会のフリー。最初の4Tは転倒。次の4T-2Tは降りてますが回転不足ぎみ?後半冒頭の3Lz-2Lo-2Loが軽やかで美しい〜。


新SPのマイケル・ジャクソン。これ、右腕の腕章でかろうじてマイケルを表現してるんだと思うんですが…きっと仮の衣装ですよね?全米では新衣装が見られるんでしょうか?(それともこのままなんでしょうか…(゚∀゚;



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