前回に引き続き、今回も中国メディアによるブライアン・オーサーインタビューです。オーサーさん、近ごろ精力的に中国メディアの取材にこたえていますね〜。
今回の記事はSkating Chinaというサイトから。こちらも比較的新しくできたフィギュア専門サイトのようです。
公式サイトは→
こちら。海外選手や振付師など、インタビュー記事がものすご〜く充実しています。ほとんど中国語ですが、英語バージョンがある記事もありますので、よろしければのぞいてみてくださいませ〜。
今回のオーサーインタ。羽生くん、ハビ、ナム、そしてクリケットに新しく仲間入りしたジュンファンくんの話をまじえながら、オーサーのコーチ哲学が、これでもかこれでもかとたっぷりと語られています。
しかし…すっごい長いです! すいません、N杯直前のバタバタにつき推敲する時間があまりなく、かなりざっと訳になっちゃっていますが、最後まで読んでいただけたら苦労が報われます!^^;
元記事はこちら(英語版)→
Brian Orser: We All Speak the Same Language of Figure Skating
「ブライアン・オーサー 僕らにはスケートという共通の言葉がある」
歓声とかけ声につつまれて、最後のスピンが終わった。リンクの真ん中に立っているのは、男子フィギュアスケートのトップ選手の1人だ。荒く息をつきながら、クリケット・クラブのコーチや振付師、選手たちに囲まれている。
やがて次の選手が登場すると、今度はその選手に向かって声援が飛ぶ。「がんばれ!」「もっともっと!」「きっとできるよ!」
そんなクラブの雰囲気について語りながら、オーサーは楽しそうに目をきらきら輝かせた。
「みんながお互いに助け合っているんだ。普通なら途中ですぐやめてしまいがちだけど、みんなが支えてくれるおかげで最後まで滑りきることができる。選手にとってはありがたいことだよ。そうやって、また次の通し練習を始めるんだ」
オーサーによると、通し練習というのはとてもいいテストなのだそうだ。
「プログラムを初めて通しで滑るときは、ボロボロな演技になってしまうものさ。自分で自分を苦しい状況に置かなくてはだめなんだ。通し練習をすることで、少しずつ、1日ごと、1週ごとに、プログラムはよくなっていく。パートごとに分けて練習するのはその後さ。これは僕ら独自のメソッドだけど、効果を発揮していると思うよ」
ロシアや中国では、通し練習は選手への負担が大きすぎるとして避けるコーチが多い。だが、オーサーやトレイシー・ウィルソンなど、自分たちのことを「昔ながらの古いタイプ」と言う北米のコーチたちは、通し練習を重視する。
それでも、スパルタ式になりすぎないように配慮している。そのひとつが、大技を抜いて通し練習をするという方法だ。例えば4Sのところを3Sにすれば、身体にかかる負荷は4Sのときと同じだが、怪我のリスクは少なくなる。ジャンプを簡単なものにすると、プログラム後半で集中力を高めるよう指導しやすくもなる。ただし、トップ選手において「簡単なジャンプ」というのは、プログラム中にクワド1本、3Aが2本、そのほかのジャンプが5本、といったレベルではあるが。
こうした通し練習は1年中やるわけではない。クリケット・クラブでは、春の間(5、6月頃)はスケーティングスキルを集中的に指導する。ジャンプやスピンはおこなわず、ストロークを繰り返し練習するのだ。ただ滑るのではなく、片足の上からもう片方の足をどうクロスすればいいのか、ブレードをどう使えば加速するのか、といったことを教えるためだ。その後、スピン練習の時期になれば、力を入れずに回転速度を最大にする方法を学び、練習スケジュールに振付が加わってくれば、新しいつなぎを習得しながらスケーティングスキルをさらに磨いていく。
夏になって選手たちの体の状態が向上してくると、クワドを含めた新しいジャンプに取りかかる。夏の途中から通し練習を始めることになるが、その時期は各選手のスケジュールによってまちまちだ。早めの大会に出場する選手はほかの選手よりも早く通し練習を開始する。オーサーが大切にしているのは、各選手にふさわしいピーキングだ。選手には「ちょっぴりハッパをかけなくちゃならないが練習させすぎてはダメ」――それがオーサーのモットーだという。
トレイシー・ウィルソンをはじめとしたエキスパートたちの力を借りながら、総合力の高い選手を育てるのがオーサーの狙いだ。
「シニア選手として試合に出るからには、リンクをまんべんなく使い、スピードをもって滑り、パトリック・チャンのようなディープエッジを備えていなくてはならないんだ」
ジャンプを得意とする羽生やフェルナンデスは今、スケーティングスキルやつなぎの向上に懸命に取り組んでいるところだという。クワドへの入りを難しくすれば、一時的にジャンプミスは増えてしまうが、それだけのメリットはある、とオーサーは自信を持っている。
「今の新採点システムに変わったとき、僕はすぐに受け入れた。最大の点を得るにはどうすればいいか、知恵を絞ったよ」
今話題の中国のボーヤン・ジンについては、脅威を感じるというよりも、ただ驚かされたという。ジンは先日の中国杯で、SPで4Lz-3Tのコンビネーションを、フリーでは予定していた4本のクワドのうち3本を降りた(着氷はややおぼつかなかったが)ばかりだ。ただし、ジンの場合、高難度ジャンプへの入りがそれほど複雑ではないため、TR(つなぎ)は7点前後にとどまった。それでも、中国杯で優勝したフェルナンデスとの差は総合で10点以下。現世界王者に脅威を与えたのだ。
オーサーは自分の教え子たちに、ジンのような才能ある新しい選手を見ておくようにと言っているそうだ。そのことで彼らの競争意識が維持されるからだ。ただし、今のところは、教え子たちのほうがいろいろな面で優れている、とオーサーは考えている。
「ハビやユヅのほうが(ジンよりも)若干成熟しているね。僕らはつなぎを重視しているけれど、エレメンツも重要と考えているんだ。試合で勝敗を決めるのはエレメンツのGOEだからね。スピンやステップ、コレオシークエンスも含めたエレメンツを、完璧にこなすこと。それができるかどうかで大きな違いが出るんだ」
オーサーがこれほど自信を持っているのには理由がある。2011年にハビエル・フェルナンデスが最初にトロントにやってきたとき、彼はオーサーに言わせれば「粗が目立つ、雑な」選手であり、「ひどいスピン」でレベル1か2しか取れない選手だった。だが、わずか2、3か月後のスケート・カナダで、フェルナンデスのPCSは急上昇した。同じ2011年の世界選手権に比べると、フリーのPCSが16点も上がったのだ。これにはオーサーもびっくりしたという。
この躍進の理由は、コーチたちが辛抱強くフェルナンデスを練習させたことと、そのシーズンのプログラムの良さにあると、オーサーは考えている。クリケットのコーチたちはフェルナンデスに対して「何から何まで面倒を見ながら」、演技を少しずつ洗練させていった。彼が興味を失わないよう、一度に多くのことを教えすぎないようにした。その頃のフェルナンデスは「才能はあるが怠け者」として知られていたのだ。
フェルナンデスがリンクでの練習時間を大切にし始めたのは、スペインからの公的援助が打ち切られ、レッスン代を自分で払うようになって以降だったという。
「彼にとっては、援助が打ち切られたのはベストな出来事だったんだと思うよ。今はスケートにかかる1ドルに至るまで責任もって使うようになったよ」
ナム・ニューエンは、2015年世界選手権で5位に入った、クリケットの新しいスターだ。彼もまた、羽生やフェルナンデスと同じ道を歩んでいる。すでにジャンプの安定感を身につけており、最近はスピンの向上に励んでいる。今後はつなぎを強化する計画だ。
ただし、オーサーは、ニューエンがスケーターとして、そして人として成長するまで、辛抱強く見守るつもりだという。
「ユヅとハビも長い時間がかかったからね。ナムはまず、身体的に成熟する必要があると思う」
教え子のひとりである韓国の若手、チャ・ジュンファンの話になると、オーサーは目を細めた。以前、ある大会でチャと出会い、話をしたというオーサーは、彼のテクニックと体の内側からあふれ出てくる純粋な表現力に惹かれたという。
「まだたった13歳なんだが、まるでシニアのような滑りをするんだ。これほどワクワクしたことは長いことなかったよ」
チャは夏の間に足を骨折していたが、10月にはオータム・クラシックのジュニア部門で優勝を果たした。
選手がもっている能力をコーチは信頼するべきだ、とオーサーは言う。教え子たちがジャッジから高い評価を受けているのは、2度の五輪銀メダリストという僕自身の名声とは何の関係もないよ、と彼は言う。選手たち自身がすばらしい演技をし、鮮やかな印象を残しているからに他ならないのだ。
選手たちに対しては厳しいほうだと彼は言う。プライベートリンクを使った練習では、選手の出来が悪いときにはひどくしかりつけることもあるそうだ。
「そう、常にこんなふうに穏やかなわけじゃないんだよ。でも、ハビの場合…ユヅもそうなんだが、2人はそんな僕のやり方を理解し、尊重してくれるんだ」
高い技術力を追及しているチーム・オーサーだが、よいスケーターであるために最も重要なものは「情熱」だと、オーサーは言う。教え子の中には、主要大会でチャンピオンになることは決してないような選手たちもいる。そんな選手たちも技術を学んだり自分を表現したりすることが大好きだし、スケートに一生懸命打ち込んでいる、だから彼らに教えるのが楽しいのだと、オーサーは言う。
選手のために練習メニューを組んだり、自分のオフィスで選手と話をすることもある。そんなとき、選手たちが練習時間以外でもそれぞれ努力していることを知るのだそうだ。特にユヅとハビ、ナム、エリザベート・ツルシンバエワのような、懸命に努力する選手たちを指導できるのは幸運なことだ、とオーサーは考えている。努力は教えてできるものではないからだ。みんなに尊敬をもって接することや、コミュニケーションをとれることも大事な要素だ。教え子には、いい人間になること、マナーある態度をとることを指導している。
さまざまな国籍の選手をかかえるオーサーだが、コミュニケーションに壁はないのだという。
「僕らはみんな、フィギュアスケートという共通の言葉をもっている。僕は身振り手振りをよく使っているよ。僕自身、まだ氷上で動けるから、自分で選手たちにやって見せることができるからね」
羽生とは、最初のころは誤解が生じることもあった。
「たとえば、“ルッツをもう3本跳んでごらん”と言うと、彼は3回転フリップを1本跳ぶ、ということもあったよ。そんなときは“ちょっと戻ってきて”と彼を呼んで、何が問題なのか確認し合ったよ」
今は羽生の英語も上達し、オーサーもよりはっきりと効果的に指導する方法を見出したおかげで、そんな問題が起こることはなくなったそうだ。
オーサーはまた、それぞれの教え子の文化的背景を理解することも重要だと考えている。今季は偶然、羽生もフェルナンデスも、それぞれの国の文化をプログラムのテーマに選んだ。オーサーは2人の選曲にはかかわっていないが、賢明な選択だったと考えている。ただし、「こういう選択はふさわしい時期を選ぶことが大切なんだ」と話す。
今から2、3年前、テレビでフェルナンデスによく似たモダン・フラメンコのダンサーを見たことがあった。だが、フェルナンデスがフランメンコを演じるにはもう1年必要だと思ったのだという。そして、今年がその時期だったのだ。
羽生の「和」のプログラムは、オーサーにとってはあまりなじみのないものだった。プログラムの主役である「陰陽師」は戦士やサムライのようなものなのだろうと、オーサーは解釈している。プログラムについては振付師のシェイリーン・ボーンに全面的に任せている。ボーンは羽生と一緒に「能」についてリサーチをおこなった。その結果、「ただ曲に合わせて滑るのではなく、陰陽師の世界を正しく解釈し、それに合ったふさわしい動きをつくり出さなくてはならない」という結論に行きついたのだという。
ボーンが羽生の振付をするのはこれが2作目だ。オーサーは、同じ振付師とずっとやっていくほうが力を発揮しやすいと考えている。クリケット・クラブとしても、長く手を組んでいるデビッド・ウィルソンやカート・ブラウニング、ジェフリー・バトルといった振付師といい関係を築いてきた。とはいえ、選手が成長するには新しいスタイルを試すことも大切だと考えている。
フェルナンデスがトロントにやってきた最初の年、彼はバレエのプログラムを滑りたいと、少々おずおずと(たぶんそれまでの自分のイメージとかなり違うと思ったのだろう)申し出てきたという。最終的にクリケットがつくり出したのが、あの『ヴェルディ・メドレー』だった。フェルナンデスらしいユーモア精神をキープしつつ、若いイメージがあった『パイレーツ・オブ・カリビアン』よりもっと深みを増したプログラムになった。
「フェルナンデスの本当の実力とはどんなものなのか、僕らは毎シーズン、どんどん学んでいっているんだよ」
この言葉に、コーチとしてのオーサーの姿がよく表れていた。